考え過ぎる人のための部屋

@FirstLaw

第1話 タイムパラドックスと多元宇宙説

 SFファンの間では、昔から有名な議論対象として、「タイムパラドックス」というものがある。聞いたことがある人も多いだろう。

 タイムマシンか、超能力か、何らかの手段で時間を行ったり来たりすることが可能になったとする。

 20歳の或る人物Aが、自分が生まれる前である30年前の時代へタイムトラベルし、自分の父親Fを殺したら、どうなるのか。

 Fが、Aが生まれる前に死んだのであれば、Aは生まれることがない。Aが生まれないなら、Fは殺されることもないはずだ。「卵が先か、ニワトリが先か」のようなパラドックスが生じることとなる。

 時間軸を行き来することなど元々できるわけがない、物理学的に不可能な話だ。このパラドックスは、タイムトラベルの不可能性を示す事例に過ぎないという人もいる。そう言ってしまうと思考実験として面白くないので、タイムトラベルができることを前提として、矛盾の解消方法が、いろいろと提案されている。

 多くの人が支持する説に、不可能説があって、銃で撃ち殺そうとしたら、入っている銃弾が不発弾で、銃がジャムを起こしてしまうとか、殺しに行く途中で、交通事故に会うとか、何らかのアクシデントが起きて、いつも、殺すことができない事態に陥ることになるという説だ。

 父親を殺したと思ったところ、実は本人は母親が浮気をしてできた子で、生物学上の父親は別の男だったというようなオチのSF短編があったが、これもこの説のバリエーションの一つだろう。

 本職の理論物理学者で、この説を取っている人もいるらしいが、筆者には、どうも御都合主義的な考え方に思えてならない。

 もう一つの有力な説が多元宇宙説で、この説は、タイムトラベルだけに関連した話ではなく、世界観・宇宙観そのものであり、興味がない人には少し理解がしにくいかもしれないが、この世は、少しずつ状況が異なる無数の宇宙が並列的に存在し、また異なった状況の宇宙が常に新たに生成している、という説だ。少しずつ状況が異なる宇宙が無数に存在するということは、任意の二つの宇宙を比べれば、全く状況が異なるものもあるということだ。

 例えば、あなたは、今、この文章を読んでいるが、他の状況はすべて同じで、今、あなたがテレビを見ているということだけが違うという宇宙も存在するし、地球に生命体が生まれなかった宇宙も存在するし、我々の太陽系そのものが存在しない宇宙もあるといったように、様々な状況の宇宙が、通常は、お互い干渉することができない状態で並列的に存在しているということになる。

 さて、タイムパラドックスに話を戻すと、多元宇宙説で考えると、Aが30年前にタイムトラベルした時点で、Aが元々いた宇宙とは別の状況・時間軸の宇宙に移動した、または、別の状況・時間軸の宇宙が生まれた、と考えることになる。Aが元々いた宇宙では、30年前には20歳のAは存在しなかったのだから、状況・時間軸が異なる宇宙であると考えるのが当然だ。そこで、AがFを殺しても何の不都合も生じない。その宇宙では、そこから先、Aは生まれない、ただそれだけのことだ。Fを殺したAは存在を続けることになる。そこから、Aが30年後にタイムトラベル(AがFを殺した時間軸の中で移動することが可能だとして)したとしても、そこは、そもそもAが誕生しなかった世界なのだから、Aにとっては、知り合いのはずなのに誰も自分を知っている者がいない、元いた世界とは似ても似つかない、淋しく住みづらい世界になっているだろう。

 蛇足だが、今の日本と同じように殺人に公訴時効が存在しないことになっていれば、30年後にタイムトラベルした時点で、30年前の殺人者として、警察に逮捕されるかもしれない。(了)

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