【KAC20233】彼方(かなた)君、ぐちゃぐちゃです。

マクスウェルの仔猫

第1話 彼方君、ぐちゃぐちゃです。

 香南かなんさんとの楽しい週末が。

 休み前の金曜日が。

 台無しになってしまう。


 僕の、せいだ。


● 


 キッチンの床でぐちゃぐちゃになったお皿と料理を片付けた後、黙っていた香南さんの言葉が僕の胸を打った。


「ちょっと、彼方かなた君。座りなさい」


 香南さんの上司モードが発動しているからだ。

 二人の部屋でこんな言葉遣いをするという事は、怒っている証。


「は、はい。わかりました」

 

 慌てて言葉遣いを正した。

 正座する。

 

 やらかしちゃったなあ……次々に料理渡されたからって、遊び心でお皿の重ね持ちしたのがいけなかった。


「どうして、あんな事するの?」


 ごまかしも言い訳もしちゃダメだ。 

 正直に、話すしかない。


「本当にごめんなさい。驚かせたかったんです。香南さんに、『カッコイイ!』って言ってほしかったんです。昔、ウエイターのバイトしてたので……」

「……」


 僕と向き合って、同じ様に正座をした香南さん。

 何も言わず、そのほっぺたが、ぷう、と膨れる。


 あ、あれ?

 上司モードは……?

 会社では絶対こんな顔しないのに。


「……香南だって、片手にお皿いっぱい持って、カッコいいとこ見せたかったの!『スゴイね』って!『惚れなおしちゃうよ』って言ってほしかったの!」


 え?

 香南さん?


「なのに、できなくてお皿落としちゃって……ごめんなさい。香南が悪いの、ダメダメなのです」

「いや、僕が調子に乗ってあんな事したからですよ、香南さんが悪い訳じゃ」

「何で、敬語なの……?怒ってる!彼方怒ってるぅ!怒っちゃやだ!怒っちゃやぁだ!ごめんなさいぃ!」


 えええ?!

 上司モードだったじゃないですか?!


 というか目の前で手足をジタバタさせて涙ぐんでる、この可愛い人は……?


「彼方、やっぱりカッコいいことしちゃやだ!いいとこも悪いとこも、香南が一番知ってるのお!他の人に見せちゃやだよう!やだ、よう……うええええん!」



 泣き出した香南さん。

 慌てて抱き起す。

 しがみ付いてくる。


 ナニコレ?

 ナニコレ。


 叫びたくなる程可愛い。

 でも。

 何かがおかしい。


 あ!

 まさか!


 香南さんの口元を、スンスンしてみる。

 むー!むうう!と顔を必死にそらす香南さん。

 

「香南さん、何本飲みました?ビール」


 お酒好きな僕らのちょっとした約束事。


 強制ではないけれど、食事前は飲まないようにする。

 会話も食事も二人で楽しみたいからだ。


「クンクンってしちゃダメなの!週末だからあ!ちょっとだけ!ほんのちょっと!ビールだけえ!」

「それなら手元も狂いますね。週末だから飲みたくなっちゃうの、わかります」

「500ml三本だけえ!」

「飲みすぎですよ?!」


 僕の胸に顔をうずめ、ちら!ちら!と見てくる香南さん。


 可愛いなあ。

 可愛いなあ、ホントに。


 すると。

 香南さんが、ジイっと僕を見つめてきた。


「どうしました?」

「悪い香南は……オシオキされちゃいますか?」


 あああ!

 そんな可愛い顔と声で!


 理性が飛ぶ!

 飛んじゃう!

 やめてええええええ!


 もう、お姫様抱っこしてベッドに……!

 いや、まだだ!

 こ、こうなったら!

 

「……ご飯食べたら、甘い甘いオシオキしたいです」

「……はい。香南をいっぱいイジメてくだしゃい」


 

 はうう!

 我慢!

 我慢だああああ!!


 

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