ダイヤモンドにチリ吹雪
Planet_Rana
★ダイヤモンドにチリ吹雪
とある日のこと。
一人暮らしが朝ごはんを飲み込み、カレンダーを見た。
「よし」
――何もない日にふと思い立って、掃除の日になることがある。
初夏の陽気すら感じられるようになった3月。
季節は冬から春への変わり目、衣替えと模様替えと花粉の季節だ。
バスマットやラグマットを濃い朱色から淡い桃色に差し替える。カーテンはチョコ色からミルクチョコ色に取り替えた。
流石に壁紙を変える余裕は無いので、季節恒例の模様替えはここまで。
冬の間お世話になったウサギモデルの柔こいラグに別れを告げてランドリー行きの袋へ詰め込み、すっかり春色になった室内を見回し、一人で満足した。
三時間ほどかけて整頓したかいがあったものだ――家具の配置を変えまくった挙句結局全て元の位置に戻す、という愚行を行った後とは思えないほどすがすがしい顔で汗を拭い取ってやった私だったが、残念ながら模様替えもとい大みそかの後始末は済んでいなかった。
机の上に鎮座する一枚のディスプレイPCが、キラキラと輝いている。
「綺麗だから輝いている」というわけではない。
目の前のディスプレイの煌めきはダイヤモンドダストに似ている。つまり、換気中にもかかわらずキラキラとし続ける室内と同じく、表面を埃に覆われているのである――!!
るー!
「……なんてね。マスクを装着した掃除モードの私に怖いものなどない!」
作業部屋で一人ごとを言いながら、私は一人で物語の危機を完結させてしまった。
だって、今日は三時間もかけて家具裏の埃を全て取り払った上、床に滑らせてしまったレジュメだとかを回収したのだ。
ラグもカーテンも入れ替えたし、これらをランドリーに突っ込めば万事解決で新生活にゴーである。この勢いは何人たりとも止められるものではない!
現実に怪獣はいないし、乗りに乗った私に勝てる汚れも居ないのだ。うん。
一人芝居をしながら、静電気発生率を抑えてくれるらしいノンアルコールなマルチクリーナーを手に構え、液晶を始めとした周辺機器の磨きに入った。
日常的に触る機器は普段から定期的に拭いたりしているので、マウスやキーボードに手垢はないし、外付けスピーカーやペンタブレットだって綺麗なものだ。
液晶とキーボードには埃が積もるが、前者は拭けばいいし後者は洗えばいい (キーを取り外して水洗いできるキーボードがこの世には存在するのだ)。滞りなく掃除は進んで、私は綺麗になった机の上をにまにまと眺めながら……しかし何かを忘れているような気がしてならない。
なんだろう。ラスボスを倒したはずなのに裏ボスの気配がするというか。なんならラスボスだと思っていたものが中ボスランクだった気がするというか……である。
手始めにディスプレイの裏を覗き込んだ。
「――――――――」
降り積もった雪というか、雪解けと相まって汚くなった新雪の如く埃だった。
どれが何処へつながっているかも怪しいコード麺のぐっちゃぐちゃに、踏み荒らされた雪のような色の埃塊が絡まっている。
ダイヤモンドダストが降り積もりすぎて繊維を通り越した固形になっている。
……HDMIとUSBがしこたま刺さっている裏面から目を離し、深呼吸しては咳き込んで、嫌々と現実を見やった。
あー、さてはまだ終わらないなこの掃除。
いいだろう。付き合ってやる。
家具の配置に悩んでいた頃に気づいていれば、こんな狭いところにハンディ掃除機を突っ込むことも無かったろうに、無言で爆音の吸音を耳に刻みながら埃を取る。
舞い上がった新たな埃が無理ゲーの弾幕になって襲い掛かるが気にしないことにした。どうせこの後風呂に入る。気づいてしまったからには、見つけた埃は取るべきだろう。うん。
「えー、デスクトップの裏でこれだから箱の中はもっとやばいんだろうなぁ――うわぁうっすら積もってる。エアダスターとか何処に置いてたっけな」
結局見つからなかったので掃除機で吸いこむ。テレビ裏の配線も部屋の隅も、この際だ。吸い直してやった。
部屋の隅々に溜まった埃をハンディ掃除機で吸っては捨て。部屋を綺麗にすることで春から新生活を送るこの身を鼓舞してやろうという魂胆だったのが途中から模様替えに夢中になったせいで夕方になっていた。昼抜きの作業は身体に悪いようで、今更お腹が空いてくる。
せっかく春休みが始まったばかりだというのに作業部屋の調子が埃気味では休日二日目にして喉を壊す。仕方がない、今日はリビングで寝るとしよう。
寝室兼作業部屋を後にして、けれど掃除の後だからか心は澄んだものだった。
ストレスが溜まると掃除がしたくなるのか、埃が溜まる過程でストレスが積もっているのか最早卵と鶏だけども。季節の変わり目に唐突に訪れるこの衝動があるおかげで、私はなんとか腐らずにやっていけているような気がする。
これは、前向きに無理やり身体を向ける儀式のようなもので。
つまるところ私は、今日を生き延びる理由が欲しいのだった。
「掃除」という確かに結果が出るものを活力にして、トラブル続きの毎日でも身体を健やかに維持する。暇さえあれば余計なことを考えるのだから、疲れてどうにもならない日以外は何かをしていた方がいいに違いないと。眠剤に頼る日々を過ごしながらも、そう信じている。
自動給餌機の前で座り込んでいた我が家の猫がみゃあと鳴いて、力尽きた私の足に擦り寄る。
この後ストレッチして風呂に入って寝るつもりだが、ほんの少し猫の相手をするくらいでバチは当たらないだろう。だって今日は一日掃除をしたのだ――免罪符は購入済みだった。
抱え上げた猫の喉音を聞きながら、ソファに座り息をつく。
……カバーの境目を見た。
愛猫の毛が、もふぁりと積もっている。
「……」
「みゃ」
「…………にゃぁ」
「みゃあー」
撫でまわした猫を床に置き、片付けたばかりのハンディ掃除機と雑巾を構える。
爆音から逃げ回る猫が花瓶を蹴り倒し大惨事になるまであと五秒。
気まぐれに訪れる掃除の日は、徹底して掃除ばかりの一日だった。
うん。
こまめに埃とり、しようね? 私よ。
ダイヤモンドにチリ吹雪 Planet_Rana @Planet_Rana
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます