墨の中に映るもの

りり丸

墨の中に映るもの

「ふぅ~」


 一息ついて書道部の準備をする。

 高校三年生の私は受験生であるが、勉強が得意ではないから赤点の常習だ。

 今までは温情で進級してきたが、受験はそうはいかない。

 今は六月であるから受験までもう数か月である。

 自分なりにも一生懸命勉強しているが成績は上がらない。

 勉強がうまくいかず進路に困っていることを親に伝わると、関係がギクシャクする。

 一番わかっているのは自分なのに、「どうするの?」「ちゃんと勉強しているの?」と言われてしまっては返す言葉もない。

 友達とも会話が少なくなってきて、相談や愚痴も言えない。

 筆や硯、下敷きや文鎮を用意して、硯に墨汁を注ぐ。

 墨汁を使っているから少し薄めはあるが、墨池に溜まるとその深さに心が安らぐ。

 筆に墨を付け半紙に文字を書く。

 今日は「暗闇」だ。

 心を落ち着けて、まさに自分以外はいないかのような集中力だ。

 いや、全く集中できていない。

 交際していた同級生も受験を理由に私と距離を置き始めた。

 本音は私のことが嫌になったのだろう、もしくは他に好きな人ができたのかも。

 書き終えた半紙の上の文字は普段とは比べ物にならないほどぐちゃぐちゃだ。

 文字はその人の心の状態を表すものだ。


「もう嫌だ」


 勉強も親も友達も恋愛も、そして私も。

 墨池覗き込むと反射して私自身が映っている。

 そこにポツポツと水が落ちる。

 自分の涙であることがすぐに理解する。


「私の涙って黒かったっけか?」


 黒い墨汁中に透明なものが混ざっても結局は黒いままだ。

 暗闇の中に一筋の光現れることなんてない。

 黒はどんなことをしても黒いままだ。

 私は部活が終わると外に出てベンチに座り今日書いた作品を見た。


「ああ、人生どこでおかしくなったかな?」


 その時、上空から乾燥した柔らかい雪が降ってきた。

「暗闇」という文字の上に白い雪が一粒付いたのを見た。

 それは一瞬で溶けて半紙に吸収されたが、確かに墨の文字上に純白の粒があった。

 私は半紙をぐちゃぐちゃに丸め、雪の降る道を歩き始めた。


「暗いトンネル、抜けてやる!」

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墨の中に映るもの りり丸 @riri-3zuu3

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