捨てられないもの
斎木リコ
第1話 捨てられないもの
部屋の片付けをしなければならなくなったのは、実家をリフォームする為だ。建て替えじゃないんだよ、あくまでリフォームするだけ。
私の年齢分、築年数がいってるからねえ。ここらできちんとリフォームしておかないと、この先住めなくなるっていうからさあ。
今回やるのは、二階部分。一階部分は二年前にキッチン、トイレ、洗面所、風呂の入れ替え、それと居間を畳からフローリングに変えるリフォームを行った。
そして、今回は二階をやる。納戸をトイレに、洋室二間の床と天井の張り替えをする予定だ。
使い勝手がよくなるのはいい。問題は、二階は一階以上に物が多いという事。特に洋室の八畳間は、ぐちゃぐちゃだ。
もう、本当にぐっちゃぐちゃで、どこから手を付ければいいのかわからない程。これ、何でこんなに物が増えたんだろう?
この部屋、一度兄が家を出た時に片付けてるんだよ。私が。
ええ、何故か巣立つ兄ではなく、家にいた私がやる羽目になったよ。その時も、たくさんの物を置きっぱなしにした兄を呪ったけど。
それはともかく、一度は綺麗にして使っていたのに。いつの間にかまあたぐちゃぐちゃに。
きっと、この部屋にはそういう呪いが掛けられているんだ。そうでなければ、たった数年でこんなになるはずがない。
いや、置かれているものは殆ど私の私物だけど。……いいじゃないか、開いてる部屋なんだから。物を置くくらい。いや、その後放置しまくったけど。
そのせいで、この部屋は見るも無惨なぐちゃぐちゃの世界に。
リフォームを抜きにしても、これ、何とかしないとなあ。
片付けの基本は、手前からやっていく事。少しずつ綺麗な領域が広がれば、最終的に部屋は綺麗になる……はず。
その基本に沿って、分別してゴミの日に捨ててを繰り返し、部屋の奥が見通せるようになった。
そして、その一番奥に一番片付けが大変なものがある。部屋の奥に鎮座ましましているもの。段ボールに詰められた、薄い本達である。
あれを片付けるのは難関だ。何故か。分別の為に手に取ったが最後、必ず最後まで読んでしまうという呪いがかかっているからである。
あらやだ。この部屋、二重の呪いがかかってたのね。そりゃぐちゃぐちゃにもなる訳だ。
正直、元はあの箱に入っている数倍の冊数、薄い本が私の手元にあった。
それらを処分する時は断腸の思いだったけれど、それでも何とか所持数を減らしたものだ。あの時は、全てを分別するのに半年はかかったっけ。
そのくらい、薄い本を分別し、処分するというのは時間がかかるものなのだ。
でも、今回は時間的余裕がない。何故なら、二日後に業者さんが見積もりにこの部屋を訪れるからだ。
もし、それまでにこの大量の薄い本を処分していなかったら……考えるだに恐ろしい。私の社会的生命が絶たれてしまうかもしれない。
気合いだ。気合いを入れていこう。きっと、同人……じゃなかった、薄い本の呪いにも、私は打ち勝って見せる!
……完敗だ。負けたよ,これ以上ない程に。
あれから三時間。開けた箱の数はたったの一箱。残る箱数は……数えたくもない。
そして、床の上には散らばる薄い本。中には肌色多めのものもある。やめて、若気の至りで買った本なの。いつもこういうのばかり買ってる訳じゃないんだから。
時刻は既に夕方。そろそろ部屋の電気を付けないと。タイムリミットまで、あと何時間あるんだろう? 二十四時間は残っているはずだけれど。
いや、頑張れ自分。海外ドラマだって、二十四時間で何とかしているものがあるじゃないか。
出来る、私にならきっと出来る! 根拠のない自信だけれど、信じる者は救われるんだ。
翌朝、目が覚めると、私は薄い本の海の中にいた。何だこれ。いつの間に寝ていたんだ私は。
そして、周囲に散らばる薄い本の数々。折角ここまで片付けたというのに、またぐちゃぐちゃに逆戻りではないか!
それでも、何となくジャンルごとに仕分けているのが私だな。多分、無意識にやった事だと思うけど。
残り時間はもう二十四時間あるかないか。明日の午前十時には、業者さんが来る。
それまでに、このぐちゃぐちゃの環境を何とかせねば!
甘かった。私に薄い本の選別など、数時間で出来るはずがなかったんだ。開いてしまえば思い出ばかりの薄い本。それらを処分するという事は、私の思い出を処分するという事。
出来ないよ、そんな事。私の青春なんだもの。
でも、無情に時間は過ぎて行く。でも、片付けなんてもう進まない。手にしてしまえば、「私を捨てないで」と薄い本達が語りかけてくる。
うん、捨てないよ。君達は、これまで私と一緒に長い時間を過ごしてきた、いわば相棒のようなものなのだから。
捨てないならば、どうすればいいのか。我が家には、一階があるじゃないか!
いそいそと、段ボール箱から出した本を抱えて、一階に下りていく。居間と和室の間には、仕切りのカーテンがあるから、和室に薄い本を積んで、カーテンを閉めてしまえば誰にも気付かれない。
ふっふっふ。これでいいのだよ、これで。
でも、今度は和室がぐちゃぐちゃだな。……ま、いっか。
捨てられないもの 斎木リコ @schmalbaum
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