ぐちゃぐちゃに
三夏ふみ
ぐちゃぐちゃに
、丸めた原稿用紙が弧を描くと屑入れへ。先客達に弾き飛ばされ、こぼれ落ちる。
「春さん。春さん電話ですよ」
「いません。春はいませんよ」
階段下から呼ばれて反射的に春は返事する。
窓辺に映る桜の花、ひらりひらりとペン先に落ちる。
落ちる。
このままでは間に合わない。走るペン先が加速していく。
「なんだ、居るじゃありませんか」
廊下の襖が開くと、肩幅の広い背広姿の男が現れる。片隅に置かれた座布団を一枚、手繰りで寄せると腰を下ろす。満開の桜、襖に描かれたそれを挟んで座る2人。
「で、どうです先生。解りましたか?」
どかりと
「先生」
と、言いかけると。
「あれは、我々の勘違いですよ警部さん。いや正確に言うなら、勘違いさせられた、と言うべきでしょうね」
相変わらず背を向けたままの春が答える。
「と、言いますと」
「いやね。ずっと引っかかってたんですよ。なんで死体があそこにあったのか、だってわざわざ犯行現場でもない書斎に運ぶ必要なんて無いはずなんですよ」
黙って耳を傾ける警部。その間もペンは走る。
「しかも、顔の判別がで出来ないくらい潰されてね」
「でも、それは犯行時刻をずらすため。そうおっしゃったのは先生、貴方ですよ」
「そう、そうなんですよ。騙されましたよ、あれはお見事でした」
上着のポケットから黒い革手袋を取り出すと、ゆっくりと両手にはめる。
「あれは、犯行時刻をずらすためではなく。死体のすり替え。あの遺体は
「でもね、先生。それじゃ、道理が通らない。だってそうでしょ、鑑定結果は婦人だったじゃありませんか」
ゆっくりと膝を立て、次いで紐を取り出す。
「ええ、そうです。でもね。あれが死体のすり替えだったとして、そしてそれが可能な人物。誰にも咎められることなく、書類をすり替えられる人」
両手の紐が横一文に伸びて、春の首を目指して、ゆっくりとゆっくりと。
「そう、平井警部。貴方が真犯人ですよ」
「観念しろ、平井!」
2人を見守っていた桜並木が両側に一斉に開く。あと一歩、あと一歩で春の首に届くところ。平井の腕は掴まれ数人に押し倒される。
「さすが春先生。いやぁ、平井が犯人だって言われた時は目を丸くしたもんですが、お見事ですわ」
襖から現れた山谷警視が敬礼して、平井を取り押さえた警察官と共に部屋から出ていく。それに答えるように背を向けたまま、ひらひらと手を振る春。
「春さん。春さん電話ですよ」
再び穏やかな春が戻った部屋に、階段下から声が響く。
ペン先を走らせながら春は、鳥の巣頭をかき回す、
ぐちゃぐちゃに 三夏ふみ @BUNZI
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