はじまる前に潰えた恋の話
小湊セツ
まず、お前のじゃないんだわ
むかしむかし、この世界には金と銀の二つの月があったそうだ。銀月を司る女神は、長弓を持った美しい銀髪の女性として描かれる。満月の夜には銀色の狼に姿を変えて、夫である金月の神の元に寄り添うという。
だから、月女神の子孫もきっと、銀髪の心優しい狼美女に違いないとレグルスは思い込んでいた。
それがまさか、黒髪のニヤけた軟派野郎だったなんて。幼い初恋を粉砕する現実に、レグルスは絶望した。
「嘘だ」
出逢ったタイミングも最悪だった。放課後の教室で、月女神が女生徒を口説いている場面だったから。
「俺の月女神が男なはずがない」
自身に言い聞かせるというよりは確認のように溢して、レグルスは月女神の子孫を名乗る
金月の神の子孫として、彼女に会うのだ。手ぶらでは格好が悪いだろうと持参した小さな花束を握りつぶしながら、真顔で近付いて来る姿は、恐怖以外の何ものでもなかっただろう。女生徒はエリオットを置き去りにして逃げ出した。
「はぁ!? いきなり何なのお前! お前のせいで、彼女逃げちゃったんだけど!?」
「月女神……理由あって男装をしてるんだな?」
「してねーよ! 現実を見ろ! 特に理由無く生まれた時からこーなんだわ」
「馬鹿な! こんなはずは……」
頭の中で憧れと現実が殴り合う。しかし綺麗なだけの憧れは、あっという間に叩きのめされぐちゃぐちゃに踏みつけられてしまう。幼い恋が死んだ日だった。
少しずつ後退りして逃亡を計ったエリオットの腕を掴むと、レグルスは真剣な顔でとんでもないことを言い出した。
「認めない。これは夢だ! そうだ、俺を殴れ!」
「いやいやいや、待って」
「思いっきり殴ってくれ!」
「ちょ、何、急にどうした?」
「殴れって!」
「だ、誰かこの人止めてー!」
入学初日に乱闘騒ぎを起こした二人の話は、後に学院の七大事件に列せられるのだが、当の二人は知る由もなかった。
はじまる前に潰えた恋の話 小湊セツ @kominato-s
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます