混ぜ合わせたこの感情を

そばあきな

憧れとか恋、温情とか義理やら


 小さい頃に女子にからかわれた経験で、女子が嫌いになった。


 ただ、女子の中でもいくつか例外はある。

 例えば家族や親戚。子ども扱いされることはあるが、オレをからかうことはめったにないからだ。

 そして、オレのことが眼中にないと分かる人間。言い換えれば、オレではない他の奴に恋をしている人間。他の奴を見ていて、オレ個人に何か言うことが少ないからだ。



「今日は予定あります? ないなら一緒に帰りましょう」

 帰りの会が終わり自分の席で帰る準備をしていると、上から声が降ってきた。

 反射的に俯いていた顔を上げる。顔を見るまでもなく誰かは分かっていたが、視線を移すと案の定そこには腐れ縁のクラスメイトのがいた。


 ――そう、女子だ。彼女は後者の方の例外の女子であり、オレのことが眼中にないと分かる人間だった。


 特に断る理由もないので、「ない」とひとこと言ってオレもカバンを手に取り立ち上がる。

 予定がない限り、オレは登下校を腐れ縁と共にしている。というか、家までの方角が同じなのが学年で一つしかないクラスでコイツくらいしかいないのだから、断ったらオレは一人で登下校する羽目になるのだ。

 周りもそれは知っているので、オレと腐れ縁の会話については特に触れず、それぞれ帰る準備をしていた。

 その脇をすり抜け、オレと腐れ縁は教室を出て、玄関まで足を進めていった。



「そういえば、昨日和也かずやさんが…………」

 校門を出て開口一番、腐れ縁の口から出てきたその名前に、オレはため息をついた。


「また和也の話か。本当に好きだよな、和也のこと」

 オレがそう言うと、腐れ縁は「違います! 憧れですって!」と頬を膨らませ、こちらをにらんできた。

 ただ、元々怒ること自体が少ない人間だから、睨まれたところで全然効果はない。

 それなのに怒っているということは図星なんじゃないか、と言いたくなるくらい、腐れ縁は喜怒哀楽の「怒」に慣れていなかった。


「…………へー、じゃあそういうことにしとくよ」

 全く納得はしていないが、どちらも譲らずにいるとその内不毛な議論になるのは目に見えていたので、オレの方が折れてやることにした。


「……信じてないですよね。別にいいですけど」

 腐れ縁もオレのぞんざいな返答には気付いていたが、掘り下げたところで意味がないのは分かっていたようで、それ以上は特に何も言ってこなかった。


 ――――――どう考えても「恋」だろ、と腐れ縁の横顔を見ながら心の中で毒づく。


 本人はずっと「憧れ」と言って譲らないけれど、開口一番に名前を出し、喜々として話す姿を見て「恋じゃない」なんて誰が言えるのだと思う。


 ただ、それが「恋」であろうが「憧れ」であろうが、腐れ縁でしかないオレには関係のない話だった。

 例えば二人が恋人になったところで、オレが何か不利益を被るわけでもない。強いて挙げるなら、二人が一緒に帰ると言い出した場合にオレが一人で登下校することになるくらいだろう。それくらいは許容範囲だから別によかった。

 だけど腐れ縁に告白する勇気がないから、まだオレに登下校の相手がいるだけだ。


 ――オレのことが眼中にないと分かる人間。言い換えれば、オレではない他の奴に恋をしている人間。

 なるべくなら女子と話したくないオレが、例外としている人物像。その定義で言うなら、オレに興味を持たず、オレではない誰かに恋をする腐れ縁というのはありがたいはずだった。


 ――――――そのはず、だったのに。


 もやもやとした感情が浮かび上がり、自然と眉が寄ってしまう。そんなオレの様子にも気付かず、腐れ縁はまた和也の話をしていた。


 その様子を見ていると、本当にアイツが好きなんだと思い知らされて、息ができなくなりそうになる。


 ああ、本当にコイツがいると調子が狂う。


 でも、その原因は腐れ縁のせいじゃない。

 それもこれも、オレが最初にコイツが「憧れた」せいだ。



 周りより一回り小柄というだけでからかう女子たちを無視し、オレに声をかけてくれた唯一の女子が、後々腐れ縁になる彼女だった。幼いオレは彼女に憧れ、こういう人間になりたいと思ったのだ。


 ただ、彼女にも憧れの人がいた。彼女の近所に住む三つ年上の幼馴染の男。彼女が憧れるのも納得できるほど、ソイツは明るく爽やかで、周りを動かす才のある人間だった。

 なるべくなら同性のソイツに憧れを移したかったけど、結局できなかった。


 ――いつから、だろう。憧れに色んな感情を重ねて、気が付いたら手元にあるそれが元々どんなものか分からなくなってしまった。


 もし一言で伝えることになったら、オレの腐れ縁への感情は何と説明されるのだろう。


 憧れとか恋、温情とか義理やらがぐちゃぐちゃに混ざった感情を。

 手放したいのに手放すことのできないこの感情を、一体何と――――。



「……大丈夫ですか?」

 あまりにオレがしかめ面をしていたのか、話すのをやめた腐れ縁が心配そうにオレの目を覗き込んでいた。


「…………何もねえよ」

 そう言うと、腐れ縁は「それならいいですけど……」と、もそもそ言いながら視線を前に戻した。

 表情を見る限りあまり納得してなさそうだったが、それ以上尋ねてもオレが何も言わないと察したのか、早々に折れてくれたようだった。

 この話は終わりと言わんばかりに、オレは今日出された宿題の話を腐れ縁に振って家に着くまでの時間を埋めた。


 

 目を覗き込まれた時に胸の奥で確かに感じた痛みは、見ないふりをして。


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