戦争の親玉

闇之一夜

一、戦闘初日

(この即品にふさわしいオープニング・テーマ Ministry 「N.W.O.」 )



 闇から目が覚めた。ベッドと呼ばれる四角い箱の上だった。それは人間の場合だけで、我々には台と呼ばれる。人間の場合は「生まれたときに」というが、我々は「作られたときに」、である――。


 作られたときに、まず最初に目に入ったのが、作者である凛博士の顔だ。ボーイッシュという髪型で、目を細め口元を緩ませ、天使のような顔を傾けて、寝ている私を見ていた。これは「嬉しい」という感情らしいが、分からない。そもそも感情なるものが分からない。凛博士によれば、それは甘いパンケーキのような豊かなものらしいが、そもそも我々には「甘い」という感覚が分からない。

 人間には味覚というものがあるらしいが、我々にはあらゆる感覚がなく、嗅覚、触覚、そのようなものは不必要なので備わっていない。視覚や聴覚のようなものは脳に映像や音声が送られるからあるようだが、それはあくまで目や耳という装置が把握したデータ処理の結果にすぎない。


 我々のようなものはロボットと呼ばれ、科学者と呼ばれる種類の人間に作られる。人間も人間に作られるらしいが、その工程は、まず人間同士の肉体をつなげて片方が種を送る。そして送られたほうがその肉体の中で種に自生の養分を送り、種が人間の形になるまで細胞を増殖させ、やがて外に排出する。これを出産という。出産された人間は、出した者による外部からの養分摂取により、その細胞を増幅させる。

 我々のような機械とちがい、細胞の増殖で体積を肥大させる――凛博士によれば、これを「成長」というらしいが――そのようなものを、「生物」あるいは「生命体」と呼ぶ。生命体は肉体が非常にもろく、パーツが損壊しても我々のように簡単には交換できず、心臓という器官が停止すると、二度と再起動しない。これを死という。博士によると、呼吸器官の停止のみでは一概に死んだとは言えず、あとで息を吹き返すこともあり、すぐに埋葬すると危険なこともあるという。


 我々の場合、機能が停止して使用不可になって地中に埋めるのは、それが放射能を発して他の人間にとって危険である、などの場合に限られる。普通は、壊れて使えなくなったロボットは解体して、部品を他の製品に再利用する。しかし、人間の場合は、死ぬと埋葬と称して遺骸を地中に埋め、墓標と称して、その者の名前を刻んだ石や板を、埋めた位置に置く。

 この行いは、感情というものを極度に豊富に持つものだけがやる独特の行為で、同じ生物でも、犬や魚のような動物、魚類などは家族や仲間が死んでも埋葬はしない。悲しみという奇妙な感情は高等になれば動物でも少しは持つらしいが、人間の場合は極端に多い。他の生物とちがい、脳が極度に発達したせいである。家族、友達、同胞などが死んだときに嘆き、悲しみ、怒り、後悔し、苦しむ、という彼らの様々な行いは、我々ロボットには計り知れないことである。



 桜庭凛――というのが、私の生みの親のフルネームである。彼女はこの日本軍事科学研究所に勤めるロボット工学の第一人者だそうで、三十歳前という若さで、多くの進歩的な武器を製造し、日本軍に売り込んで喜ばれてきた。

 私が生まれたこの日本という国は、長年、平和憲法のせいで自国の軍隊を持てなかったが、自衛のための小規模のもの――自衛隊という――は、かろうじてあった。それが近年の憲法改正により軍隊に変わり、日本軍という呼び名を持つにいたった。

 だが西暦一九四五年に終結した第二次大戦以来、日本はアメリカという大国の属国状態であり(独立国ではある)、もとの平和憲法というのもアメリカが占領時に作ったものだった。それを自力で変えたわけだが、それは真の独立ではなく、さらに対米追従を進めるためだった。

 現在、日本はアメリカの要請で中東などの紛争地帯へ軍隊を送り、多くの死者を出しているが、軍人のほとんどが元自衛官で志願者であり、まだ徴兵制はしかれていないので、国民からは驚くほどに不満が出ていない。



 私には、ブラッド一号という名前がある。ブラッドは血という意味で、そのものずばり私の本質を言い当てている。姿は白い長袖のセーラー服に黄色いネクタイを結ぶ女子高生という種類の人種で、下はあずき色のジャージの上にプリーツなるひだがついた紺のスカートを着けている。下着は履いていない。交尾もなにもしないので、性器のような細かい器官は付いていないから、隠す必要がない、というのもあるが、主に男が履くズボンと呼ばれる活動服の一種の、ジャージなる体操着をスカートの下に履いている。しかしそもそも、服の内部の状況は問題にしても仕方がない。なぜなら、このジャージは鋼鉄製で、同じく鋼鉄の皮膚と完全に貼り付いているので、脱ぐのは不可能なのだ。同じく、上の白いセーラー服と黄色のタイも鋼鉄で、体の一部である。


 足元は白黒のスニーカーという靴に紺のソックスで、これで一見どこにでもいる女子高生の姿である。髪は肩までの短いのが、癖でごわごわになってそこかしこがはねており、かなり硬い材質である。顔も体と同じく鋼鉄だが肌は柔軟で、作ろうとすれば表情が作れる。口もひらくが、舌も声帯もない(なぜか歯はある)ので、音は出ない。ルックスは丸く端正で可愛いそうだが、可愛いという感覚も、もちろん分からない。目はぱっちりで口元は小さく、いっけん、愛らしいフレンチドールのよう、だそうである。

  しかし鏡を見ると、そこに映る少女は垂れ下がった目の中で瞳がぎょろぎょろうごめき、口はおかしくもないのに端が吊りあがった異常者のような顔をしていた。これのどこがフレンチドールだと思わせるが、製作者が作品に対して持つ愛着は、時としてこのような動かぬ事実をも曇らせるようである。


 この私の容姿は、全て凛博士の趣味なのだが、「こんな戦闘用兵器が、なぜこのような形をしているのか」と誰かに聞かれた場合には、彼女は「敵を油断させるためだ」と答えている。

 確かに油断はするだろう。女子高生とは、ただの民間人の子供にすぎないからだ。しかし、それも最初だけで、見慣れたらただの殺人兵器の小さい奴、というだけだから、戦闘用としては、もっとでかいほうが良かったのではないかと思う。


 もっとも、私の目的は敵兵器を迎え撃つよりも、むしろ別のところにあるので、このサイズのほうが、かえって都合がいい、とも言える。





 人間でいう「巣立ちのとき」が来て、私は黒の長いレインコートで身を隠し、早朝、車で軍事科学研究所を出た。中央線のラッシュ、それも一番前の車両という最悪の場所に私を押し込むと、博士はそのまま帰った。

 あとは私の機能が勝手に任務を遂行する。


 ぎゅうぎゅうの車内で、私の中の警報が小さく、ピコーン、ピコーン、と鳴った。

「チガタリナイ……ホキュウセヨ……チヲホキュウセヨ……」

 たちまち私の右手が引っ込み、中から三本のサーベルが突き出す。おのおの一メートルはある長いもので、早くも先にいた数人が串刺しになって悲鳴をあげた。刃を伝って私に血が流れ込み、少しは足しになったが、これで終わるわけではない。


 運転手がドアの向こうで、慌ててなにかしようとしたが、私は彼のすぐ後ろに背をつけていたから、左手からもサーベルを出して窓を叩き割り、そのまま彼の首根っこに突っ込んだ。彼は血をだらだらと噴き出して動かなくなった。最前車両の一番前に私を押し込んだのは、列車を停めさせないための博士の計算だったかもしれないが、私は別に停めるのを妨害しようとしてやったわけではない。ただ、そこに人がいたので血を絞っただけである。


 目前には無数のゆがんだ顔がひしめき、めいめいの口をあけて叫びを発し、目を見開いて震え、腕をあげてあがいているが、この感情を恐怖というらしく、もちろん私には分からない。ただ、これにより人間が普段の二、三倍もの極端な表現をすることは研究所で教わった。それらが今、目の前で実演されている。


 彼らに差し込んだ三本のサーベルは、そのまま花のようにわっと大きくひらき、その過程でも、すぱっと断ち切れる肉体から真っ赤な血が舞い上がり、悲鳴があがる。完全にひらいた刃は、音を立てて横にぐるぐる回転し始める。プロペラやスクリューの動きと同じだが、この場合の目的はむしろ、ジュースを作るミキサーに似ている。相手は果実や野菜の何倍も硬く骨もあるが、私のこの刃は鋼鉄すら断ち切るので問題はない。


 私は恐怖の激しく渦巻く人々の中へ回転刃を押し込んでいった。刃は車内の直径と同じくらいの範囲を回るので逃げ場はない。「ぎゃあああ」「たすけてええ」と凄まじくとどろく悲鳴の嵐をぬって、肉を切るびゅるるるる、という鈍い音が響き、深紅の血が洪水のようにこっちへ押し寄せた。私はそれを浴びに浴びて、口をあけてごくごく飲んだ。おびただしい人間の肉を刃で切り刻み、飛び散る手足、内臓、骨、血で濡れそぼった衣服の断片、靴、カバン、髪などの、あらゆる人間の持ち物を刻みながら車内を進む。まさに人の血でジュースを作っていた。それは割れた窓から、かなりの量がザバザバと外に飛び出し、そこから飛び降りて死ぬ者も多数いたようだ。

 しかし誰が逃げても関係ない。たんに私の体が要求する量の血液を満たせれば、それでよいのである。

 いくつもの車両を進み、おびただしい人間を刃で押し込んでは、ぶるるるるると回る音を唸らせて刻み尽くし、血と肉の破片に変えていく。こっちに飛び散り、口に流れ込んでくる血をごくごく飲みながら。


 この血が、私のエネルギー源である。

 私は人間の生き血で動くロボットであり、私の任務は、ただ存在することである。この世にいて、人間を見つけたら直ちに血を絞って殺し、それを飲むこと。

 これが、私の仕事である。


 血で動くので、当然、血がなくなれば全ての機能が停止する。それは任務失敗を意味するので、任務持続のため、私の体内コンピューターが溜めてある血液の量を常に管理し、少しでも減るや、ただちに私が人間を探して動き出すよう設定されている。そして誰か人を見つけると、今のように殺して、その血を飲む。


 なぜそんなことをするのか、いったいどういう任務なのか、と疑問に思うかもしれないが、私は人間を殺すためだけに製造された殺人マシンなので、その通りにやっているだけだ。戦車となんら変わらない。

 ただ戦車は自力で動かないうえ、人間のみを破壊するというわけにはいかず、建物なども壊してしまうため、あとで占領する際に支障が出る。その問題を解決するために、私が生まれた。物は極力壊さず、ただ人間だけをひたすら殺害する。占領軍は死体の片付けだけで済むのである。

「あなたは、まさに夢の兵器なんだよ」

 凛博士は、よくそう言っていた。誉めていたらしいが、「誉める」という行為の意味は、やはり分からなかった。



 しかし、この小柄な体では、普通に血を飲んだのでは、すぐに一杯になってしまう。そこで、そう簡単には満タンにならないよう、体のそこかしこに血を流しだす微小な穴があいている。これで、そうやすやすと一杯にはならないので、それだけ多くの人命を奪うことができる。

 たとえば体内の血が半分になった場合、それを満杯にするには最低でも二十人、多くて五十人ほどの人間を殺さなくてはならない。満タンになると、しばらくは血は必要ないので誰も殺さずにいるが、歩くことで消費し、ほんのわずか減っただけで、もう誰か人間を見つけて殺そうと探し回ることになる。探し方は、主に人間の放つ体温をセンサーで探知するが、視覚も使う。人の形をし、体温のあるものを見つけたら、すぐ殺せばよい。

 重要なのは犠牲者の数である。人間を出来る限り多く殺すこと、それが私に与えられた仕事である。そのためには、なにも特別なことをする必要はない。ただ、いればいいのである。

 戦闘用に作られた兵器にとっては、ただ存在することが任務である。私の存在イコール人間の死だからだ。私がいること、それは人間が死ぬことである。私がいると、人間は存在できない、という意味でもある。私は人間の敵なのだ。

 そして人間は――私の敵ではない(博士から教わった「しゃれ」なるものを使ってみた)。



 最後の車両まで来ると、人のジュースは洪水になり、腰まで温かい血に浸かっていた。体内の血はあと少しで充分になる、というところで、急カーブでもあったのか、車体はいきなり私から見て左側へ大きく傾き、そのまま倒れて、車体と下がこすれるガリガリという大きな音がした。最後の車両まで行くことなく、私は周りの血肉の海に飲まれて車両ごと運ばれた。車体はギギギイイ、と重く引きちぎられるような悲鳴をあげ、止まった。


 上にあったドアを鉄拳でぶちぬいて外に出ると、右上に線路が見え、列車は広場のような場所に横倒しになっていた。

 見ると、広い砂地に誰か血みまれの女がうつぶせに這っているのが見える。最後の車両から脱出したのだろう、いっけん五体は無傷のようだ。よたよたと這いつつ、後ろを横目で見て、恐怖に顔をゆがめた。車体から出た私に気づいたのだろう。私としては、もう少し血が欲しいので、これは好都合だった。車両に戻って残りの血を飲んでも良かったろうが、私の体は人間を見ると襲うように作られているので、当然そうなった。

 私は右腕を振り上げ、またサーベルを突き出してぶるるるる、と回し、そのまま飛び降りた。「きゃああああ」と絹を引き裂く悲鳴をあげ、女が無駄に這い出したその背に、私は回転刃を振り回してすぐ追いついた。こっちを見て、凄まじく顔を引きつらせ、怯える女。


 そのまま刃を下ろしかけたとき、向かいの橋をバスが走ってきた。色や柄からして幼稚園の送迎バスで、窓に子供が多数乗っているのが見える。

 あっちのほうがより多く殺せると判断し、私は女を飛び越えて橋の下へ潜り、裏面を拳で突き破って路面に飛び出し、そのまま走ってきたバスの底に腕を貫通させた。バスは止まって宙にうき、虚空でタイヤがぶるぶる回る。いきなり床から手が出て、長い刃が伸びて花開くのを見て、園児たちは相当驚いたろう。


 私はそのまま中で刃をぐるぐる回転させ、子供らを野菜のようにぐちゃぐちゃに切り刻んだ。子供だけでなく、引率なのか、大人の叫びもいつくかあがった。

 私は中を右手でかき回しながら、バスを左手で持ち上げて橋の上に立った。右腕を突っ込む穴から、園児たちのおびただしい血と臓物がどろどろぬるぬる落ちてきて、頭からたっぷり被った。腸の長い袋が次々に首にまとわり付いては垂れ落ち、胃などの臓器が血まみれの腹をいくつも滑っていく。

 口をあけてがぼがぼ血を飲んでいると、さっきの女が座り込んでこっちを見あげていた。そう遠くもないので、顔がよく見える。目が飛び出そうだった。口は大砲の黒い穴のようだった。

 そのままひっくり返って気絶し、私は満タンになると、バスを放って歩き出した。太陽が血にまみれた体を照りつける。

 これが私、ブラッド一号の戦場での第一日だった。

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