息子よ

口羽龍

息子よ

 ここは都内のマンション。数日前、このマンションで男が逮捕された。男の名は大畑利樹(おおはたとしき)。この部屋に住む大学生だ。利樹は福島県の山村で生まれた大学生で、高校の卒業とともに上京してきたという。


 だが、大学生活の傍ら、利樹は誘拐殺人に手を出していた。そして、これまでに何人もの女性を手にかけていたという。最初、母は信じられなかったが、事件の事を知ってそれが本当の事だと理解した。


「ここに、監禁して殺してたのね」


 自宅の中で母の真理恵(まりえ)は呆然としていた。まさかここで殺人をしていたとは。部屋の中はあらゆるものがぐちゃぐちゃで、整理が整っていない。何か月も掃除していないようだ。


「そうです」


 その横にいる警察は冷静だ。部屋の中では警察がうろうろしていて、部屋を見て回っている。部屋は薄暗く、カーテンは昼間でも閉じている。


「まさかうちの子供が、こんな事をするなんて」


 真理恵はその場に崩れ落ちた。どうしてこんな息子になったんだろう。自分の育て方が間違っていたんだろうか?


「お子さんの自宅、最近入ってますか?」

「いいえ。全く入ってません。一人暮らしにすっかり慣れて、もう大丈夫だろうと思ってましたので」


 真理恵は全く自宅に入っていなかった。利樹はすでに一人暮らしになれているので、もう来なくて大丈夫だろうと思ったからだ。だが、それは間違いで、誘拐殺人をしているのがバレるのを防ぐためだったという。


「そうですか」


 真理恵は辺りを見渡した。何もかも散らかっている。まるでゴミ屋敷だ。腐敗臭もする。恐らく、死んだ人々の匂いだろう。


「こんなに荒れてて」

「ゴミだらけですね」


 警察もあきれた。もっとしっかりと掃除しないと、他人に迷惑がかかる。よくこれで生活してきたなと言いたい。


「この中で誘拐殺人をしていたとは。本当にうちの息子が、申し訳ございませんでした」


 真理恵は頭を下げた。本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだ。夫は職場で嫌味を言われて、嫌な思いをしているという。何もかも利樹のせいだ。何も悪くないのに、どうしてこんな事をされなければならないんだろう。


「どうしたんですか?」

「私の教え方の、どこが悪かったのかなって思って」


 真理恵はいつの間にか泣いていた。今まで教えてきたことがこれで何もかも帳消しになってしまうとは。一体何が悪かったんだろう。


「教え方?」

「はい」


 真理恵は利樹と過ごした18年間を振り返った。




 利樹は福島県の農村で生まれ育った。この辺りの子供は少なくて、高齢者ばかりだ。多くの高齢者が利樹をかわいがり、ここで過ごす事が楽しいと感じていた。


 小学校では多くの友達ができた。通っていた小学校は生徒が数える程しかなく、みんながまるで家族のようだったという。


 中学校でも多くの友達ができたが、その頃から利樹は何かに目覚めたという。だが、それに両親は気づいていなかったという。それは、女性を誘拐して奴隷のように扱うというものだという。インターネットで見て、自分もやってみたいと思ったそうだ。


 高校では勉強にはぐみ、成績優秀だった。そして、卒業とともに、東京の大学に進学する事が決まった。決まった時には、家族全員はもちろん、地元の人々も喜んだ。まさかこの農村から東京の大学に行く子供ができるなんて。誰もが利樹の将来に期待していた。


 上京を翌日に控えた日の夜、利樹はいつものようにネットサーフィンをしていた。見ているのは誘拐、調教の映像だ。それを見るたびに興奮してしまう。上京したら、自分もしてみたいな。


「これ、いいなー。自分もしてみたいなー」

「利樹ー、ごはんよー」


 突然、真理恵の声がした。ごはんができたようだ。


「はーい」


 利樹は1階に降りてきた。下ではごはんができている。今日はカレーだ。明日、上京する利樹に頑張ってほしいと思い、今日はカレーを作ってお祝いするようだ。


 利樹は椅子に座り、カレーを食べ始めた。真理恵はその様子を幸せそうに見ている。だけど明日、利樹はここにいない。食べる姿をしっかり目に留めておこう。


「ここでの晩ごはんも今日が最後か」


 その横に座っていた父は利樹の肩を叩いた。利樹は振り向いた。そこには父がいる。


「一人暮らし、頑張ってね」

「うん」


 その時の利樹は、今までで一番幸せそうな表情だったという。だが、その笑顔は、誘拐と調教の動画に興奮したからに気付いていなかった。




 翌日、いよいよ上京の日、利樹は玄関にいた。これから電車で東京に向かう。いよいよ旅立ちの時だ。両親は笑顔で利樹を見ている。大きくなって、ここに帰って来る事を、誰もが期待していた。


「利樹、今日から一人暮らしだね」

「ああ。楽しみだよ」


 父は利樹の頭を撫でた。ここまで育ってくれた利樹にありがとうと言いたい。これからもっと頑張って、大きくなってほしいな。


「それもそうだけど、大学生活、頑張ってね」

「わかってるよ」


 利樹は手を振った。いよいよ旅立ちの時だ。これから東京に向かうけど、見守っていてね。そして、大きくなって帰ってくるから、待っていてね。


「じゃあ、行ってくるね」

「行ってらっしゃい」


 利樹は家を出て行った。両親は玄関からその様子をじっと見ていた。その時両親は知らなかった。その1年後、誘拐殺人事件で逮捕されるなんて、誰が予想しただろうか?




 それからの事、利樹は毎週日曜日の夕方になると、電話をかけて生存報告をしてきた。真理恵はそれをとても楽しみにしていた。


 日曜日の夕方、電話がかかってきた。それを聞いて、真理恵は喜んだ。また電話をかけてきた。利樹の声を聞く事が、今の喜びだ。


「もしもし」

「もしもし、利樹、元気にしてる?」


 真理恵は笑みを浮かべた。利樹の声だ。元気に大学生活を送っているようで何よりだ。


「うん。お母さんは?」

「元気にしてるよ」


 真理恵はほっとした。何事も起こっていないようだ。


「それはよかった」

「じゃあね、おやすみ」

「おやすみ」


 利樹は電話を切った。だがその時、真理恵は気づいていなかった。すでに何人かの女性を誘拐し、調教した上で殺している事を。当然両親も知らなかった。




 それから1年経ったある日の昼下がり、両親はリビングでくつろいでいた。今日は休みだ。しっかりと休んで明日からの仕事に備えよう。


 突然、電話がかかってきた。お昼に来るなんて、珍しいな。何事だろう。


 家事をしていた真理恵は電話に出た。一体、何事だろう。利樹のみに何かがあったんだろうか?


「もしもし、わたくしは警察です。大畑利樹さんの母親ですか?」

「はい」


 声は利樹じゃない、警察だ。利樹のみに何があったんだろう。まさか、死んだんだろうか? それとも、利樹が犯罪をして逮捕されたんだろうか?


「あなたのお子さん、利樹さんが誘拐殺人をしてまして」

「そんな・・・」


 真理恵は呆然となった。まさか、利樹が東京でこんな事をするなんて。頑張って来るってのは嘘だったんだろうか? 利樹はどうしてこんな事をしてしまったんだろうか?




 散らかった部屋を見て、真理恵はしばらく呆然となった。夢であってほしい。だが、これは夢ではない。まぎれもなく現実だ。


「どこで私、子育てを間違ったのかな?」

「どうでしょう」


 警察も答えが見つからない。真理恵は何も間違った子育てをしていない。ただ、あの動画にハマったがために道を踏み外しただけなのだ。動画がこんなにも人を変えてしまうなんて。


「もう息子は戻ってこない。過去はもう戻ってこない・・・」


 もう息子には会いたくない。死刑にならずに、出所しても会うもんか。こんな悪い事をして、両親を絶望させたんだから。自分でその罪を償ってほしいな。

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