ぐちゃぐちゃになる便箋
川木
上手く書けない思い
「んあー!」
ぴりぴり! ぐちゃぐちゃ! っぽい!
また一枚、便箋が切り取って丸められ、ゴミ箱の山の一部になる。私の仕業だ。
「か、書けない……こんなに難しいなんて」
私は自分の文章力のなさに絶望していた。初めての片思い、そして初めての恋人。初めてだらけの夏休み。お盆が始まり、お互い家族の付き合いなどがあり、どうしても二週間近く会えないことになった。
スマホで連絡はとりあってるけど、寂しいな。そう思っていると、なんと! 恋人の読子さんからお手紙が届いたのだ。
その綺麗な字の、なんて可愛らしいこと。私を思って書いてもらう手紙のなんて嬉しいこと。もちろん寂しい気持ちがなくなったわけじゃないけど、胸がいっぱいになるくらいの喜びに溢れた。
というわけで、私はさっそく読子さんにお返事を書くことにした。のはいいのだけど、できるのは手紙ではなく、ぐちゃぐちゃの便箋の山だけ。
昔から読書感想文とか苦手だったけど、最近は読子さんと絵本とかだけど読んでお互い感想を言い合っていたから、ちょっとは語彙力もアップしてるかな。なんて調子に乗っていたらこれだ。
「忍ー、用意できてる? もうすぐ出る時間よー!」
「わかってるー!」
今日から私は祖父の家に行く。昨日も書けなくて、今日も朝から挑戦してみたけど、結局書けないままタイムオーバーだ。……いや、まだだ! まだ私が帰るまでは会えないんだし、向こうで書いて出せばいいんだ!
と言うことで祖父の家に持ち込んだ。祖父の家は大きく、従姉妹たちも集まっているのでちょっと騒がしい。でも各家族ごとに寝る部屋を割り振られていてお祭りに向けて親たちはせわしないから、宿題すると言えば一人きりで部屋にこもることはできる。例年と違ってちゃんと宿題は済ませているけど、まあせずにしているわけじゃないんだからいいでしょ。
「うーん」
とは言え、宿題よりよっぽど難問だ。時間が空いてしまえばしまうほど、どうしようかと思ってしまう。時間がかかってごめんなさいと謝罪からはじめるべきか。
お手紙ありがとうは絶対必要だ。すっごく嬉しくて、今も持ってきて毎日読み返してる。読子さんの字は相変わらず綺麗で、見ているだけでときめいてしまう。
「忍おねーちゃーん! いつまで宿題やってるのー? お昼だよー! あそぼーよー!」
「うわ! わ、わかったわかった。わかったから、勝手にあけないの」
いまちょっといい感じだったのに、いきなりドアを開けられた勢いでペンが滑って穴があいたし、隠す勢いで皺ができてしまった。うう。こんなのばっかりだ。
とりあえず内容は覚えているし、これは捨てて……あれ、もしかしてこれ、捨てたら親戚に見られる可能性あるんじゃ?
やば! よ、よし、鞄にいれておいて、家に帰ってから捨てようっと。
「ねー、なにしてるの?」
「い、今行くから」
こうして毎日手紙に挑戦してみたものの、結局書きあがったのは帰宅の前日だった。考えてみれば田舎のここでは郵便局まで一人で行けないし、帰ったら翌日に会う約束をしている。
今更だしてもどっちが早いかというレベルだ。うーん、私ってほんと、こういうとこ駄目だなぁ。
今回宿題を済ませているのも、読子さんが積極的に気にかけてくれたからだ。もっと、読子さんの恋人に相応しくなれるよう頑張らないと。
そんな風に決意表明しながら、私は鞄の中にぱんぱんにつまったぐちゃぐちゃの没手紙とちゃんと封筒にいれた完成品をいれてまま家に帰ってきた。
やっと家に帰ってきました。明日会えるの楽しみです。なんて会話を読子さんとしながら帰宅したので、すっかり手紙のことは忘れていたけれど、自室に戻って鞄を開くとゴミが出てきて強制的に思い出してしまう。
とりあえず捨てたけど、家を出るときにも入っていたゴミ箱は手紙でいっぱいになってあふれてしまった。汚いものじゃないからいいけど、あとで大き目のゴミ袋を持ってきてまとめないと。めんどくさい。換気はしたのでクーラーの電源を入れる。
ティロリロリロン
「ん? あ!」
家に帰ってきただけだけど、やっぱり長距離移動は疲れる。と思っているとふいにスマホが音を立てた。誰だろう、と思ってスマホを手に取って、読子さんからの通話だったので慌てて出る。
「読子さん!」
『ふふ、突然ごめんなさい。今、大丈夫かしら?』
人の家では通話はちょっと、ということで久しぶりの読子さんの声。文字では会話していたけど、声を聞くとそれだけで何だかドキドキしてしまうし、何だか帰ってきたんだと言う気になった。
「はい! いつでも大丈夫です」
『よかった、じゃあ、ちょっと窓の外を見てくれる?』
「え?」
言われて窓から外を見る。玄関を見下ろす形になる窓の外には、まさかの読子さんがいた。
「えっ!?」
『ふふ。きちゃった、なんて。顔が見たくて。ちょっとだけ、このままでいいからお話してもいいかしら』
「すぐ行きます!」
奥ゆかしいのは読子さんの美点だけど、このままなんてとんでもない。わざわざ来てくれた読子さんをこの暑い中放置するなんてできるはずない。
私はすぐに読子さんを迎え入れた。両親とも荷物を片づけているだろうから、さっさと私の部屋に通す。
「挨拶しなくてよかったのかしら」
「大丈夫ですって。それより、どうしたんですか、急に」
「さっきも言ったわよ? 忍ちゃんの顔が見たかったの。もう帰ってきてるって聞いたら、いてもたってもいられなくて。ごめんなさいね、急に勝手なことをして」
「いえ! 嬉しいです! 私も会いたかったです!」
すごい、すごいすごく嬉しい。読子さんはほんとに、いつも私を最高に幸せにしてくれる。手紙と言い、誰かに手間をかけるのを厭わない、本当に素敵な人だ。
好きだ。好きって気持ちがあふれて、こんなに暑いけどいますぐ走り回りたいくらいだ。あー、抱きしめたら怒られるかな。
「ふふ。喜んでくれたなら、暑い中頑張った甲斐があるわ。あんまり時間はないけど、やっぱり顔を見れてよかったわ」
「えっと、お茶用意するので、ちょっと待っててください」
「そんな、気を使わせてごめんなさいね」
「大丈夫です。私が、せめてお茶飲む時間だけでもいてほしいだけなので」
読子さんの言う通りだ。元々会えるほど時間があるなら会う約束をしていた。そうじゃない。もう夕方だし、読子さんを遅くまで拘束することはできない。でもせめてもう少し、いつも帰る時間までだけでも一緒にいてほしい。
私は慌てて冷蔵庫からお茶を取り出す。キンキンに冷えているわけではないけど、普通に冷蔵庫に入っていたので十分だろう。コップとペットボトルを持ってすぐ部屋に戻る。
「お待たせしましたーあ!? あ、あ、そ、それは」
「あ、ごめんなさい。ゴミが落ちてるみたいだったから、片づけようと思って」
ゴミ箱からあふれていた私の、ぐしゃぐしゃになった手紙。読子さんはそれを手に取ってしまって、そしてみてしまったのだ。手紙一つまともにかけない情けない私を。
「うう、すみません。私がだらしないからですよね。はい、すみません」
「そんなに謝らなくても、普通に勝手に見た私が悪いわ。でもその、手紙、書いてくれていたのね。嬉しいわ」
「あ、あ……い、一応その、完成品もありまして」
私はひどく格好付かないのを自覚しながらも、嬉しそうに頬を染めて喜んでくれる読子さんに負けて鞄から手紙を取りだして渡した。
「ありがとうっ。とっても嬉しいわ。家に帰って読ませてもらうわね」
「は、はい。その、間に合わなくてすみません。本当はすぐ書き出してたんですけど、ごらんのとおり、なかなか、うまく書けなくて」
「いいの。本当のことを言うと、ちょっとだけお返事をくれないかなって期待していたし、なかったことを残念に思っていたけど、こんなに頑張ってくれていたなんて。逆にごめんなさいね。でも、すごく嬉しいわ。こんなに書いてくれてたなんて。大変だったでしょ」
満面の笑顔でうけとって、大事な物みたいに自分の鞄にいれてくれる読子さんを見てると全然間に合わなかったのが申し訳なくて目をそらしてしまう。
だけどそんな私に、読子さんはそっと手をとって握りながら、まっすぐ目を見てそう言ってくれた。
読子さんが謝ることなんてなにもないのに。頑張ったって結果が出なければ意味がないのに。こんな舞台裏を見せて、ただ格好悪いだけだ。そう思うけど、でも、読子さんが評価してくれたのが嬉しくて、私はにやにやしてしまう。
「そんな。読子さんに書きたいことがいっぱいありすぎただけで、そんな頑張ったとか、大変なんてことは」
「その気持ちが嬉しいわ。ねえ、こんなこと、駄目ってわかってるけど、お願いしてもいい?」
「えっ。な、何でも言ってください」
ちょっぴり意味ありげに小首をかしげて、頬を染めておねだりされて、私は急速に心臓が脈打つのを感じながらなんとか頷く。
駄目なお願いって何!? も、もしかして、今すぐキスしてとか!?
「この、捨てた手紙ももらっちゃ駄目?」
「っ!? そ、それはちょっと」
全然予想してなかった方向からの発言に、自分の発想が恥ずかしくってクーラーがきいてるはずなのに汗をかきつつ。何とか顔をそらして断る。
だってこんな、失敗して、単純に文字を失敗したのもあるし、夜のテンションで読子さんに馬鹿っぽいくらい愛をかたりすぎたのもあるし、いちいちぐちゃぐちゃに丸めてるから見た目汚いし。こんなどう見ても失敗作を渡すなんて。
「駄目、よね。ごめんなさい。忍ちゃんがいっぱい書いてくれてるのが嬉しくて、失敗でも全部、あなたの気持ちをもらいたくて、つい」
「……」
そ、そんな、しょんぼりした顔でそんな健気なこと言われたら、私は! 手紙ひとつ出せずに、書けたのにもう出さなくてもいいかななんて思って読子さんの期待を裏切っていた私が、恋人としてせめてできる罪滅ぼしなんて、一つしかないってなるじゃん!
「ちょ、ちょとだけですからね」
「いいの? 本当に嫌なら、無理しなくてもいいわよ?」
「いえ……。読子さんが喜んでくれるなら、嬉しいです」
「忍ちゃん……! 嬉しいわ。大好き」
そう言って読子さんは私に身を寄せて、ちゅっと頬にキスをしてくれた。その久しぶりの感触に真っ赤になった私は、最低限仕分けるのも忘れて全部読子さんに回収されてしまって夜には後悔するのだけど、この時は浮かれてただただ幸せを噛みしめるのだった。
うう、やっぱり、やっぱりめっちゃくちゃ恥ずかしいよぉ!
こうして私の読子さんへの思いは、全然整理できなくて山になった便箋の通りぐちゃぐちゃなまま、全部読子さんにささげるのだった。
ぐちゃぐちゃになる便箋 川木 @kspan
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