古宇森圭の詭弁遣い

亜未田久志

古宇森圭の一部始終

第1話 親友の渡歩夢くん


 僕に友達はいない。

 別に理由とかない。

 普通に生きてたらこうなった。

 別に不自由はしてない。

 寂しい?

 僕が?

 冗談だろ。

 そんな僕の前の席にいる奴が今回の問題点だ。

 この世から戦争を無くすような難題だ。

「やあ歩夢くん、元気かい?」

「うるさい」

「連れないなぁ、『親友』じゃないか」

 こいつは僕の親友を自称してくる謎の存在Xこと「古宇森圭こうもりけい」と言った。

 僕はこいつを怪異かなにかだと思っている。

「前から聞きたかったんだが」

「なんだい? 何でも聞いておくれよ親友」

「その『親友』ってのはどっから来た概念だ」

「また哲学的だね、素敵なアプローチだ」

 頭が痛くなりそうだ。

 ていうかちょっと痛い。

「親友という概念か、考えたことも無かったよ」

「じゃあ何か、お前は僕の親友を、意味を分からず騙っていたってのか」

「意味なら分かっている。血のつながりより濃い、かといって恋人とも違う、そんな関係の事だろう」

 気持ち悪くなってきた。

 こんなやり取り、実は百万回くらい繰り返している。

 一回だけ、そう一回だけ、疲れていた日の事だ。

 僕が古宇森の事を「親友」と呼んだ事がある。

 したら、あいつはなんて言ったと思う?

「なんだ馴れ馴れしい奴だな、ボクに親友なんていないよ」

 だ。

 それ以来、若干の人間不信に陥ったくらいには衝撃的な事態だった。

 つまりこいつは本気で親友などというものを語ってはいないという結論に至った僕は。

 こいつを徹底的に追い詰める。

 その化けの皮を剥がしてやるのだ。

「親友、親友とお前はうるさいが、そんな一方的な感情を親友と呼ばないものと僕は反論する」

「今度は定義の話かい? 今日は随分、積極的じゃないか」

「今日は機嫌がいい、お前の芝居に付き合ってやると言っているんだ」

「芝居とはひどい言いようだ」

「そもそも、お前に親友はいないそうじゃないか、他でもないお前の言葉だが?」

「さて、どうだったかな」

 こいつは顎に手をかけて考えるフリをする。

 趣味が人間観察の俺には分かる。

 人間とは何かを考える時、思わず上を向いてしまう生き物であり、下に俯いたこいつは今、何も考えていない。

「少し、長くなるけどいいかな」

「どうぞ」

 コホンと咳払いして古宇森は語り出す。

 いけしゃあしゃあと。

「親友という関係性はさっきも言った通り、血より濃くなきゃいけない、けれど近づきすぎてもいけないのさ、バランスってあるだろう? 互いの距離感ってやつを見誤っちゃいけないのさ。つまりボクはバランスを取ったんだ。あそこで君を親友として迎えてしまったらボクらのバランスは危ういものになる。ボクら親友という関係性は一方通行的であるべきだ。と思う、と言うのもね、友情ってのは依存性の高い感情だ。人間ってのは怖い生き物で感情がウェットになるほど傷とか血とか死とかそういうグロテスクな香りが近づいてくる。だからドライな関係性こそがベストだとボクは思うのさ。ドライな親友という関係性は歩夢くんからしたら不可思議かもしれないけれど、ボクからしたら、古宇森圭からしたら、ちゃんと理論に基づいて設計された状況なんだよ。うん、こんなところかな。なにか質問あるかい?」

「詭弁だ」

 僕は一蹴した。

「連れないなぁ」

「第一、関係性、関係性とうるさい、一言にまとめろ」

「長くなる事を了承したのは君じゃないか」

「ふん」

 僕としては不満足である。

 こいつから聞けたのは要するに。

『お前をおちょくるのは楽しいけど、逆におちょくられたくはない』

 というようなひどく鬱屈した理屈である。

 こんなやつの後ろの席にいるのは業腹である。

「お前みたいな捻くれたやつ、見た事がない」

「鏡、貸そうか?」

「殴るぞ」

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