越えられなかったもの
真坂 ゆうき
父と子
『いーち、にー、さあーん、しいぃい、ごおぉおっ……』
椅子に腰かけてテレビを見ていた父の肩に手を掛け、肩を揉んであげると言った。でも必死に指で押したけれど、あまりの固さに途中で数えられなくなってしまった。
『なんだ。お前、父さんの肩を揉んでくれるんじゃなかったのか?まだ5回くらいしかしてないだろ。やっぱり子供のお前にはきつかったか』
顔は向けていないが、気配で父が笑っているのが分かった。そう言われると当然、子供心ながらムスッと来る訳で。
『ろおぉぉく、なあぁぁな、はあぁぁぁち……』
小馬鹿にされた怒りの分を込めて、再び父の肩を指で押し込む。それでもやっぱり固いものは固くて、結局自分の指のほうが先に音を上げていた。そして今度は声に出して父に笑われ、悔しくて泣きべそをかいた、そんな遠い幼き日。
「1、2、3、4、5……」
腰かけている父の肩を指で押していく。あの頃どこまで数えられるかちょっと不安だった数字も、今ならちゃんと数えて行ける。まあ、その前に昔は途中で諦めてしまったわけだが。
それにしても、父の肩はこんなに柔らかかったのだろうか。
それとも、自分が大人になって単に力が付いただけなのだろうか。
それとも。
「なんだ。お前、父さんの肩を揉んでくれるんじゃなかったのか? まだ10回もしてないだろう。お前はいつまでたっても力のねえ奴だなあ」
「ああ……ごめん。ちゃんとするよ」
上着の裾から見える父の腕。
記憶にあったそれより、随分細くなった腕の先には、1本の管。
ぐちゃぐちゃになりそうだった気持ちを何とか押し込め、指に優しく力を込める。
やっぱりお前は泣き虫なんだなあ、なんて今さら言われたくはない。
そのままずっと数を数えていく。
今日だけでなくこれからも、いつまでも数えさせて欲しいと願いながら。
「お前、肩揉み、上手になったじゃねえか」
結局、最後まで父には勝てなかった。
越えられなかったもの 真坂 ゆうき @yki_lily
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