【超短編】裸の王様の幸せな人生

茄子色ミヤビ

裸の王様の幸せな人生

「おぉ!素晴らしい!」

 王様は興奮しながら玉座から立ち上がり手を叩いた。

 続いて一部の使用人も王様と同じく熱のこもった拍手を商人に向けた…内心に浮かべているものは私と一緒だろうに。

 そして私を含む多くの従者から響く拍手の音は、それはそれは空々しいものだった。

「流石は王様!実にお目が高い!こちらは山を二つ越えた民族が織りましたる希少な布なのでございます」

 商人は親指と人差し指で何かをつまみむようにして、自分の肩ほどの高さにあげた。

 まるで貴重な布でも扱うように。

 そしてそれを、まるで王様によく見えるように。

「ほぅ。それはガラで染めたものですかな?」

 王様の傍に控える宰相がそう尋ねると

「この淡い色味をよくご覧ください。ガラとの違いが分かるはずです」

 商人が笑いながら、その(ありもしない)布を裏返し王へと見せつける。

「ふむ確かに…下卑た刺々しい発色の仕方ではない」

 王様はその自慢のあごひげを撫で、鋭い眼光のまま言葉を続けた。

「…緑石の粉末か?」

 王様の言葉に商人は息をのみ「さすがは王!お見事でございます!!」と大声を上げると、先ほど熱い拍手を送っていた者たちだけが、再びその両手を鳴らした。


 この国の王は優秀だ。


 宰相であった叔父の教育が良かったということもあるが、死蔵されていた先代の王たちの本を幼いころから読み、その指導を受け入れられる土壌を本人が持っていたことも大きかったはずだ。


 しかし、それがいけなかった。

 

 叔父の教育の内容は、当然先代の王にも監修されており帝王学として完成されたものだったのだが、王はとにかく自分の独創性に固執した。しかしその本性が萌芽する前に、彼に教えを伝えた人間は寿命を迎えてしまった。


 例のインチキ商人がやってきたのは今から15年前。

『誰の話でも誠実に聞く』という王の意向を汲んでいた衛兵は、この商人の武器になりえる物を全て預かり彼を王の間に通した。


「王よ。ただいまから『愚者には見えない反物』をご覧いただきます。行商歴34年の私が回りに回りました国の王は、これが見えない者ばかり。しかし王もご存じの東の皇帝は違いました。なんとこの反物を100反も購入していただきました。こちらが証文にございます。そしてその慧眼を持ちたる東の皇帝が、自国を差し置き大陸随一の智恵者として推挙されましたのが貴方様なのであります。もし不要とあらば、この反物は東の皇帝が買い取る予定になっております。王よ。ぜひともこの反物の価値に見合うだけの額でご購入を検討ください」

『良く練習したであろう非常に聞きごちの良い文句だった』と当時その場に居合わせた者は口を揃えて言っていた。そして王は、世界中の誰にも見えない洋服を購入した。



 私の前を裸の王様が歩いている。


 一国の王とは思えない護衛4人と私を含む従者が2人だけだ。もちろん腕が立つ護衛でありルートは決められてはいるのだが、他国の人間が見たら不用心だと眉を顰めるだろう。しかし、それだけこの国は治安が良い。


 先代の王の時代に活躍していた自警団を、現王が公職として雇い入れ、治安維持部隊としての教育を施したことが大きい。


 目の前の裸の王様が優秀であり、国のために動いていることも間違いない。

 

 しかし…と私は考えてしまう。

 

『誰の話でも誠実に聞く』と公言している王は、いくら民からの進言があっても危険な猛獣がいる森側の外壁の補修工事や、街の上水道の水質問題、民が良く使う路地の保全作業に関しては決して予算を割こうとしない。


 王は民からの進言ではなく、自分の目で見ていない問題は急を要さないものとして扱う傾向にあるのだ。ちなみに今王が力を入れているのは、正門改修のための新しい素材の開発と、自警団の制服作りである。

『自警団に教育を施したのも、自身が剣術を嗜んでおられて、指導に口出しが出来るからだろう』という声も裏で上がっていることは私は知っている。


 …と、いずれ来るであろう国難に意識を向けていると、目の前の王が歩みを止めた。

 

 そして護衛が腰の手をかけ、王の前の立ったが「よい」と王は手で制した。


 歩みを止めさせたその正体を見てみると、あまり身綺麗とは言えない1人の少年が、まんまるな目を王様に向けて立っていた。


「どうして、おうさまはハダカなの??」

 

 と、少年はあの時の私と同じ質問をした。


 王様が初めて裸でパレードを行ったあの日。

 そんな王様の目の前に飛び出した私と全く同じ質問を。そして


「ハハッ、まだ君には見えないだけだよ」


 王様は笑顔であの時と同じ答えを返し、少年の頭を撫でた。

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