【KAC20233】シアワセな家庭
かみきほりと
01 たまごやき
「パパ、わたし、お料理がしたい!」
まだ昼前なので、料理を始めるには丁度いい時間なのだが……
娘がそんなことを言い出すなんて、初めてのことだった。
六歳になったとはいえ、今まで料理など一度もさせたことがないだけに、不安でしかない。
とはいえ、早い子供なら三歳や四歳から、料理の真似事をするって聞いたこともある。だから、挑戦させてみることにした。
「わかった。だけど、ちゃんとパパの言う事を聞くんだよ」
「うん」
いつも返事だけはいい。
屈託のない笑顔を向けられると、ついつい甘くなってしまう。
「じゃあ、何が作りたい?」
「たまごやき!」
すでに何を作るかは決めてあったようだ。
卵焼きは娘の好物だった。だから、自分でも作ってみたいと思ったのだろう。
「難しいけど、ちゃんとできるかな?」
「うっ……がんばる」
どうやら、自信のほうはあまり無いようだ。
とりあえず、洗面台から娘専用の踏み台を持ってきて設置し、卵二つ、マグカップ、箸、卵焼き器などを用意してやる。
「おっ、上手いじゃないか」
「えへへ……そう?」
こういうものは、とにかく褒めて、本人のやる気を出させることが大切だ。
卵の殻がマグカップに入っていない。それだけでも満点だ。
私は手早く砂糖と醤油を加えて味付けをする。
これさえ間違えなければ、少なくとも食べられるはずだ。
コンロのスイッチを入れ、卵焼き器に油を塗ってやる。
あとは娘に任せてみた。
……まあ、そうだろう。
案の定、ぐちゃぐちゃになってしまった。
「う~、ごめんなさい」
「じゃあ、ちょっとパパが手伝うけど、いいかい?」
「……うん」
スクランブルエッグ未遂になったものを皿へと移すと、俺は新たな卵をマグカップに割り、軽く味付けをしてからかき混ぜる。
そこに先程の卵を入れて、よく絡めてから、再び焼き始める。
その時、少しだけ卵液を残しておくのが重要だ。
「パパ、すごい」
そうだろ、そうだろ……と思いながら、巻くようにして卵の形を整え、残してあった卵液を投入する。これでデコボコを隠すのだ。
「よし焼けたな。じゃあ、最後の仕上げは任せようかな」
「うん、任せて」
木のまな板の上に、いつもより分厚くなった卵焼きを乗せ、娘に包丁を握らせる。
緊張の一瞬だ……
「パパ、これでいい?」
「ああ、バッチリだ」
太さはまちまちながらも、見事に六つに切れていた。
じゃあ、盛り付けも任せてみよう……と、お皿を二つ渡す。
「パパ、お皿、もうひとつ」
不思議に思いながらも、もう一枚用意してあげる。
「ひとつ余るけど、それ、どうするんだい?」
「あのね、今日、ママの命日でしょ? ママ、卵焼き大好きだったから、食べて欲しいなって」
「……そっか」
彼女が居なくなったのは三年前。だから、好物など覚えているはずもないのだが、娘の中では、そういうイメージなのだろう。
仏壇に卵料理を供えるってどうなんだろうって思ったけど、せっかくの娘の気持ちなんだからと、二人で手を合わせる。
空っぽの仏壇に向かって……
私は、この子の実の父親ではない。
それに、この子の母親も死んでいない。
今もどこかで、新しい男とよろしくやっているのだろう。
いつかこの事実を伝える日がくるのだろうか……
そう思いつつ、私は、娘の笑顔を心に焼き付けた。
【KAC20233】シアワセな家庭 かみきほりと @kamikihorito
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