追放されたけど助けたラスボスに懐かれました

新萌

第一章 追放

始まりは馬車の中

ガラガラと馬車を走らせる音が聞こえる。さっきからずっとこの調子だが、一体どこまで連れて行くつもりだろうか。俺は「辺境」としか聞いていないんだが。

 外の様子は、俺の隣に座っている兵士で見えない。しかも、そもそも右側にしかついていない側面の窓は小さいし、前方についている窓は俺が背を向けて、つまり、背中で塞いでいる。今俺に見えるのは兵士と、中年の男、後は、俺の手に掛けられた手錠ぐらいだ。


 ここまで聞くと、お前は一体何をしたんだと思う人もいるだろうが、端的に言うと、俺は今、名前も知らない「辺境」に、追放されようとしている。


「国王陛下お仕えの医者が、随分と落ちぶれたなあ?ん?」


 理由はほとんどこいつのせいだ。あとは同僚、と言ったところだろうか。まあ、云わば冤罪だが、内容が内容だったので光の速さで追放が決まった。むしろ、追放で済んで良かったのだろうか。


「国王陛下もさぞかし信用していらっしゃっただろうに」


 この正面で嫌味を吐いている(一応)上司が首謀者らしい。兵士が言うには、妙な植物が手に入ったから調べてほしいと言って俺に毒草を渡し、それを部下に命じて持ってこさせ、あたかも俺が毒草を用いて王家の人間の毒殺を計画したように見せかけた。まあつまり、暗殺未遂だをでっち上げたという事だ。


「お前のような優秀な人材がいなくなるのは私も悲しいぞ」

 

  その優秀な人材を葬ったのは誰だ(一応)上司。馬車が町を抜けてから口を開けば嫌味しか言ってないぞ上司。


「何か言いたいことはないか?今なら何でも聞いてやろう。もう会わんのだからなあ」


 せめて薬の調合をできるようにしないか?一度も割合が正しかったことがなかったのだが。医者様が泣くぞ?それと、人を陥れている暇があったら医学書の一つも読め。どうせ公爵様だからな。金の力で王宮に入ったのだろうが。


 ちなみに妙な植物だと言っていたもの、はそこら辺の森に生えている何の変哲もない、軽いしびれを起こす人体に無害な毒草だった。確かに似た毒草で猛毒の物があるが、他の同僚も気が付かなかったのか、そのまま渡したようだ。


「何とか言ったらどうだ、リリスよ」


 リリス、というのは俺の名前だ。リリス・フローレン。王宮の中では知らない者はいない、国の中でも数人しかいない王宮のお抱えの医者だ。その中でも俺は一番若い。さらに、目立たないようにとかなり手を抜いたはずの選抜試験も。そんな奴が来れば、妬みたくもなるだろう。


「何も無いのか?それとも、私如き言うことはないと」


 ああ、両方だ。言いたいことも無いし、言いたくもない。


「この......どこまでも馬鹿にしおってえ!」


 何も言わなかったことがどうやら反抗的と映ったらしく、突然上司が立ち上がり、俺を殴った。銀縁の薄い眼鏡が弾き飛ばされ、床に落ちた。俺はと言うと、そのままの勢いで、隣の兵士にもたれかかった。


「ああ、申し訳ない。」

「いえ、お構いなく。」


 兵士は特に表情を崩すことなく俺に言った。いや、上司のせいで申し訳ない。俺が態勢を戻すと、まだ怒りが収まらないのかまた何かしようと手を挙げたが、兵士に制止された。


「医務長様。いくら罪人とはいえ、それ以上は許されません」

「ふんっ....小癪な奴め」


 渋々怒りを抑えた上司は腹いせにと、床に落ちた俺の眼鏡を足で踏みつけた。おいおい。それ、掃除する人の身にもなってやれ。そんな粉々にしたら手を怪我するだろ。上司はお構いなしにまたぐちぐちと嫌味を言い始めた。



「到着いたしました」


 それからさらに数十キロは進んだかというところで馬車が止まり、御者の声がした。両隣の兵士が立ち上がり、俺を促した。御者が外から扉を開け、兵士が、俺を囲むように外に出ると、次にもう一人の兵士と上司が外に出た。 兵士は俺をわざわざ押さえるようなことはしなかったが。いつでも剣を抜く用意はできているようだ。俺も手錠をはめられているのにわざわざ暴れるほど馬鹿ではないのでおとなしくしていた。


「ここが、罪人を追放する場所じゃ。今までにも何人もの罪人がここに送られた」


 ここはどうやら森のようだ。しかも、とりわけ深い。なるほど、馬車でこれだけの時間がかかったのだから、人の足では困難、というわけか。


「くれぐれも帰って来ようなどと思うでないぞ。反逆罪など、追放で済む方が珍しいのだから」


 確かに追放先から無断で帰還したら即死刑だと聞いたことがある。御者は他にも何か言っているようだが隣の兵士が耳元で何かをささやいた。


「リリス様、荷物はこちらに、少しですがお部屋のものと、食料が入っております」


 兵士が視線を向ける先には、切株の陰に隠された俺の布製の鞄が置かれていた。どうやら御者かこの兵士のどちらかが隠し持っていたらしい。しかし、よくもまあ、すぐに調べが入った俺の部屋から持ち出せたものだ。


「ああ、それと、手錠の鍵を渡さねばならぬが......」


 御者がゴソゴソとポケットを探り小さな袋を取り出した。


「これはどうすれば......」

「それをわしによこせ」


 御者が言いかけたとき、上司が鍵を奪い取り、そのまま森の中へと投げた。


「罪人に渡す必要はない。自分で探せばよいわ」


 そのまま俺の方へ向かい、突き飛ばした。


「っ.... ?!」


 突然のことで何もできず、そのまま後ろに倒れ込んだ。手錠のせいで手をつくこともできず背中に強い衝撃が走った。頭だけは打たなかったものの、かなり痛い。


「もういいだろう。行くぞ」

「は、はい.... 」


クソ上司の命令で兵士と御者は馬車へと戻った。上司は軽蔑のまなざしを、兵士は同情の視線を向けていた。

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