人食いの森

文月 和奏

獣と少女

ボクは一人だ。


母も父も兄も姉も……助けてくれるものもいない。


だから、ボクは毎日生きるのに必死だ。


灰暗い森、この狭い世界の中で絶対のルールがある。


それは【弱肉強食】である。


ボクも例外なくその輪の中に入るのだ。


毎日、小さい獲物を狩り喰う。

もっと美味しいものが食べたいといつも思う。

けれど、そんなものは一生喰うことは出来ないって本能でわかってる。


ある日、森に何かが迷い込んできたらしい。

ボクは興味本位で迷い込んだ生き物を見に行った。


――それは人間の女の子だった。


ふと、脳裏にある記憶が蘇る。

この森に辿り着いた時、お世話になったものが言うには「人を喰ってはいけない」

人間は知恵があり、武器もある、人を喰ったら最後、報復という名目で、ボクらは簡単に駆除されてしまうと。


でも、無視することも出来ず、その子の前に降り立ち様子を見る。


一度、恐怖に顔を歪めたのがわかった。

ボクは生きたいので、何度も何度も振り返りつつ、付いてくるようにと、その子を入口まで案内してあげる。


その子は何かを言って走り去っていったけれど、ボクは人間の言葉なんてわからない。


その日以降、その子は森に何度も姿を現すようになる。

ボクを探しているようで、姿を現すと満面の笑みを浮かべ食べ物をくれる。

あの日のお礼なんだろう、人間の食べるものは臭いけれど、美味しい。


次の日、また次の日もその子は来た。


ある日、その子は首輪をくれた。


――よくわからない。


ふと、ボクはその子を見て思った。

こんなにも美味しい物を食べている人間って美味しいんじゃないか?と。


――ボクは喰ってみたい衝動に負けた。


その子が後ろを向いた時、ボクは本能のまま首に噛みつき、引きちぎる――血飛沫が飛び、声にならない悲鳴が上がる。


「ぐちゃぐちゃ……ぐちゃぐちゃ……」


よくわからない味だった……あの子が持ってきた食べ物の方がよほど美味しかった。


数日すると、たくさんの人間が森に入ってきた。

あの子を探しに来たのだろう、あっちで、こっちで大きな音が響きわたる。


ボクがしたことで、人間の怒りに触れたらしい。

みんな次々と駆られていく……


ボクも一生懸命に逃げたけれど、捕まった。

一人の人間が、あの子から貰った首輪を見て泣き叫んでいる。

目には明らかな殺意が籠っている。


ボクは気づかなったけれど、血塗れで、あの子の髪が身体のあちらこちらに付いていたみたいだ。


泣き叫んでいた人間が平面の板をボクの目の前に向けて何か叫んでいる。

それは水面のように何かを映し出しているようで、ボクは覗き込む。



そこに映って居たのは……


――あれ? ボク人間だった? 

おかしいね? 何で今まで気づかなかったんだろう。


そうか、あの子はボクを心配して食べ物を持ってきてくれていたんだ。

けれど、ボクはあの子を喰った。


この人間はあの子の親なのだろう、ボクは報復を受けるんだろう。


けれど、ボクは最後まで獣でいたい。

そう思い……その人間に飛び掛かり、そこでボクの意識は暗転した。


後に、森に迷い込んだ者は消息を立ち悲惨な死を遂げると語り継がれる。

「人食いの森」には人の形をした獣がいると。










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人食いの森 文月 和奏 @fumitukiwakana

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