簒奪王の娘【KAC2023】-03

久浩香

第1話 簒奪王の娘

 先代の国王を殺害し、王位を簒奪した父は、恐怖政治を敷き、暴君としての名を馳せているけれど、この国が、国として独立できているのは、父の武力によるものだという事は一介の農夫でも知っている事だし、平民達が邪な考えなど抱かず、普通に生活する分には、前の王の時代よりも、段々と暮らしが楽になっている事を実感してきている筈だから。


 そう。

 恐怖政治だと不満を蓄積させているのは貴族達の方だった。

 国庫を空っぽにした責任を取らせる為、以前なら、王を煽ててさえいれば、日がな一日、遊興に耽っていた彼等を、馬車馬の様に働かせ、国政に携わる能力が無いと、年金さえ与えず容赦無く隠居させ、そんな彼等が、最後の気力を振り絞り、クーデターを企むのを待ち構え、それを大義名分に、他国に蓄えてある財産をも没収したのだ。


 それが国民の為と言っても、簒奪王朝の誹りは免れない。

 特に、他国からすれば、貴族を蔑ろにする我が国は、脅威でしかありえず、それだから父も、この国の相続権を持った先代国王の第五王子──12歳だったゲラン公フランソワを生かし、17歳の私と結婚をさせないわけにはいかなかった。



「一緒に逃げよう。エレーヌ」

 長女を出産した頃から、そんな事を言い出すんじゃないかという兆候はあった。

「どうしたの? 突然」

 私は、彼がそういう事を考えていた事にも気づかないでいた風を装い、雪解けた山の見える窓を背に立つ彼の傍へと近づいた。


 彼は、彼をまっすぐに見つめる私を見て、一瞬だけ、とろんと蕩けたような表情を見せた後、すぐに私から目を反らし、

「もう、うんざりなんだよ」


 私が妊娠してから、父は本格的に彼に教育を施し始めた。

 政治や経済、各国の言語といった様々な知識を押し込まれつつ、いざという時の為の剣術や馬術といった鍛錬も強要されていた。

 各地方、施設への視察の同行も父から命じられ、そこここの問題点や改善点を質問される事もプレッシャーだったそうだ。


 私や、娘の婚約者で王太子となった弟からすれば、そんな事は当然の義務だと思うのだが、第五王子だった頃、王位継承に関係が無いと判断されていた彼の養育費はギリギリまで削られていたから、ただ毎日をぼんやりと過ごしていた彼にとっては、どうして自分がここまでしないといけないのか、と苦悩の連続だったそうだ。


私は、彼の吐露を、要所要所、相槌を打ったり、同調したりしながら聞いていた。

「娘と二人で亡命してくるように言われたんだ」


彼は、誰がとは言わなかったが、その人について、おおよその見当はついていた。


「本当は、僕もそうしようと思っていたんだけどね。…君を抱きながら、『あいつの娘なんだ』って、いくら吹っ切ろうとしても…辛くて、せつなくて…それでも、タイムリミットが近づいてくるし…もう、頭の中がぐちゃぐちゃになって」


私は、彼を落ち着かせるのに唇にキスをした。

「有難う。そんなにも私を愛してくれて」

と、私が微笑むと、彼は涙で潤んだ瞳のまま、ぱあっと明るい表情を浮かべ、私をその両腕の中に抱きしめてきた。



次の日の夜から、夫婦の寝室は、私の寝室になった。

彼がどうなったかは知らないけれど、少なくともぐちゃぐちゃになった両足は切断されて、もう他国へ亡命する事はできないのは確か。

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