銀の騎士
どれだけの時間が過ぎたのだろう。
ぽつんぽつんと頬を叩く水の雫で俺は目を覚ました。そのまま
どうやらどこか折れているようだ。まるで身動きが取れない。
「こんな地の底で足が折れたか。いよいよ俺も終わりか」
絶望的な状況だが、妙な気分だった。
俺の中で、興奮と落ち着きが同居していた。
命に係わる大ケガをすると、すぐには痛みを感じないというが、これはそれだろうかと思った。
ふと気が付くと、自分が乗っている折り重なった石の中から、青白い光が
「あいつの落とし物か? 駄賃にしてはいいモノをもらった」
まあ死体を照らされても意味はないが。
「……おどろいたな、先客がいたのか」
息をのんだ。照らして見た先には、人の3倍位の大きさのゴーレムが居たのだ。
しかしそれは遺跡の外にありふれた、ボロボロのものではない。
全ての手足が揃った、完璧な姿のゴーレムがそこに居たのだ。
もしかしてこいつは、戦闘用なのだろうか?
自分が落ちた場所は、相当な最深部だとは思う。
まさかリケルにした
「どうも、新入りだがよろしく。今はうるさいけど……そのうち骨になるから」
ふぅと息を吐くが、次第に強くなっていく痛みに顔をしかめた。
俺は荷物を探ると、「夢見草」という薬草を取り出した。この薬草は痛みを取ってくれるが、副作用として麻痺や眠りに落ちてしまうものだ。
どうせ死ぬなら……そう思ったオレは、少し多めにそれを噛むことにした。
すぐに夢見心地になれるだろう。
薬草を噛みつつ、目の前で佇むゴーレムを見つめる。
オレはこれまでの人生を思い返していた。
――オレは冒険者として生きてきた。正直者とは言われるが、成功者ではない。
いや、貴重な魔道具を見つけ、成功と言える結果を得たことはある。
しかし、酒場で注文する酒と料理が増える以上の事は起きなかった。
貴重な魔道具を掘り起こしたとしても、ほんの一部の分け前で満足した。
いや、満足しようとした。
影ではバカなやつと言われただろう。
でもそれには理由がある。オレは悪意がはびこる世界に生きたくなかった。
価値あるものを握りしめれば、次にはそれを奪われる立場になる。
オレにはそれが怖かったのだ。
「なぁ、なんだろうな?」
レヴィンは目の前のゴーレムに話しかけた。
どうしてそうしたのかはわからない。誰かに聞いてほしかったのかもしれない。
「オレは今まで冒険者をやってきて、色々見てきたよ」
「やぁ俺たちは違う、信用してくれなんて言っても、椅子に腰掛ければ、それを引いて転ばそうとするやつばかりだ」
「同じ将来を夢見た兄弟が、魔道具ひとつで殺し合う姿も見た」
「信頼できる仲間も、輝く財宝を目にすればきっと裏切る。
――自分一人の力に頼ったとしても、老いてしまえば結局奪われる」
「なんのためだ?
……なんのために、危険を犯して、歯を食いしばってまで頑張る?」
「奪われるものに努力するなら、それになんの意味があるんだ?」
「頑張る意味なんて無い。そう思ってできることだけをやろうとした」
「求めるものを少なくして、生きようとした」
「だけど、心の奥底でそうじゃないだろ? って、そう言うやつがいるんだ」
「オレは……間違えたのか?」
「ゲルリッヒの生き方のほうが正しかったのか?」
「奪う側に立ち続けたほうが、良かったのか?」
レヴィンの頭の中は、諦めと悔恨、悲しみ、色んな感情でぐちゃぐちゃになってきた。もはや思考はまとまらない。これは噛んだ草の効果だけではなかった。
握りしめた手に水気を感じる。泣いているのだ。
「何もわからない、オレの生き方が間違いだなんて、そんなこと解ってる!」
「でも……ゲルリッヒのほうが正しいなんて、そんなことは認めたく、思いたくない!」
「オレはヤツのために死にたくない。生きたい、まだ生きたいんだよ――ッ!!」
『なら、私があなたの力になります』
レヴィンはハッと前を見上げる。
自分に声をかけた、その声の主を探したのだ。
声の主は、白銀の騎士の姿をした、目の前のゴーレムだった。
それは兜の奥から優しげな声を放つ。
『あなたが奪うのが嫌なら、逆に皆に与えましょう。その力は――私が貸します』
「まさか生きているゴーレムがいるなんて……ウソだろ」
『いえ、先程までは本当に死んでいました』
『ですが、あなたの言葉を聞いて、まどろみから引き戻され、目覚めたのです』
全部聞かれていたのかと思うと、レヴィンは気恥ずかしくなった。
いい歳をして、子供のようにわめいていたのを、このゴーレムに聞かれてしまっていたとは。
『あなたが生きたいというのなら、私を使ってください。私にはそれだけの力があります』
「関係ないお前が、オレに対してそこまでするんだ?」
『何故でしょう……きっとあなたのその気持ち、それが伝わったからでしょうか』
「どういうことだ?」
『私達ゴーレムは、最初は工事や農業に使われていたのです』
『ですが……ある時を境に、戦争に使われるようになりました。』
「だろうな。お前を見て勝てる気はしない」
『えぇ、私たちを使った人々は、別の人々から奪い、奪いつくしました。ちょうど今あなたが言ったように』
『私は疑問に思い……逃げました。
――今のあなたと同じように。そして自らを封印したのです』
「それで気が遠くなるほどの年月、ここに居たのか?」
『「はい」であり「いいえ」です。私に変化はなく、故に時間の感覚もありません。当時のこともまるで先日あったことのように思い出せます』
「ややこしいことを言う。つまりお前さんの言い分は?」
『……あなたなら私を正しく使ってくれる。そんな気がしたのです』
「でもどうすれば良いんだ?オレは足を折っていて、身動きできないんだ」
ゴーレムは、カタカタと音をさせると、何枚もの装甲を動かして、胴体を開く。
するとそこには、ちょうど人一人が入れそうな空間があった。
「まさか、この中に入れっていうのか?」
『はい、中にはいっていただければ、私はあなたの手足のように動かせます』
普段のレヴィンならば入ったりはしないだろう。
しかし今の彼は大ケガをして、このままでは死ぬ運命にある。
なら、他の選択肢はない。彼は夢見心地のまま、ゴーレムの中へ入り込んだ。
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