対話

 肩平が不思議そうな顔を渦霧に向けた。


「あの、渦霧さん? 何を一人で納得してるんですか?」


 渦霧は頭の中で立てた仮説を、どこかにほころびがないかを観察しては切り崩し、他に嵌めるべきピースがないかを確認しては再び組み直すという作業を、黙したまま何度も繰り返していた。


「よし。肩平、行くぞ」渦霧が意を決したように椅子から立ち上がる。


「行くって、どこへですか?」


「いいから、ついてこい」


 肩平の問いには答えず、渦霧はさっさと歩き出した。




「渦霧さん……ここって、リストに名前があった、あの」


「すいません、ちょっと失礼しますよ」


 渦霧は誰にともなく声をかけると、返事も待たずに部屋の中へと入り、目的の人物を見つけて近づいていった。


「お仕事中、すいませんね。少しお時間いただけますか?」


 机に向かっていた男性が顔を上げ、渦霧と肩平の姿を認めると、渦霧の顔に視線を戻して静かに頷いた。


「ここではなんですから、場所を変えましょう」




 渦霧は空いている会議室の前で足を止め、男性と肩平に中へ入るよう促し、最後に自分が入室してドアを閉めた。男性に適当な椅子へ座るよう勧める。


「一体どうしたんですか?」全員が席に着くと男性が口を開いた。


「いえね、たいしたことではないんですよ。少しお伺いしたいことがありましてね」


「何ですか?」


「昨日、真蟻梨まぎり署の警察官が遺体で発見されたでしょう?」


「ええ、もちろん知っていますよ。それが何か?」


 男性に緊張した様子は見られない。堂々したものだ。まだ何の核心も突いていないのだから当然ではある。


「実はまだ犯罪性があるかどうか判断が難しい段階でして、事件と事故の両面から捜査をしているのですが」


「それは大変ですね」


「ええ。ところが、つい先ほど、有力な証拠が見つかりましてね。どうも殺人事件に切り替わりそうなんですよ」


「有力な証拠ですか。ひょっとしてそれはあれですか? 遺体の喉から発見された、あの紙片ですか?」


「ええ。その通りです」


「でもあれは、私も科捜研から解析結果を聞きましたが、捜査の手がかりになるようなことは書かれていなかったように思いますが」


「書かれていた内容を覚えていますか?」


「確か、漢字で『おとな』とだけ書かれていたと」


「ええ」


「わかりませんね。それのどこが殺人事件と決定づける証拠なのか。犯人の名前とは思えませんし。よければ教えてもらえませんか? あの紙片の何をもって殺人事件だと判断したのかという論拠を」


「ええ、構いませんよ。ただ、私の考えをお話しする前に、一つお訊ねしてもよろしいですか?」


「何でしょう?」


「遺体の喉に詰まっていた紙片を見て、あなたはどう思いましたか?」


「どうって……まぁ、おかしなことをするなぁ、とは思いましたね」


「誰がですか?」


「そりゃあ、被害者がですよ。私には殺人には思えませんから」


「そうですか。それでは私の考えをお話ししましょう」渦霧は姿勢を正すと、男性の顔を正面から見据えた。

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