特定
「自殺の可能性はありませんか?」
渦霧は見つめていた文字から、机の横に立つ肩平の顔へ視線を移した。
「事故や他殺に見せかけた、ということか? 仮にそうだとして、動機は何だ?」
「そうですね……最もあり得るものとしては、被害者自身、もしくは親族が多額の借金を」
「肩平、おまえ被害者の身辺洗ったんだよな」
「あ……」
「遺書も見つからなかったんだろ? だから十中八九、自殺は無い。こういうことはあまり言いたくないが、俺の勘では他殺だ。もちろん事故の可能性も捨てきれないが、事故だとしたらおかしなことが多すぎる。文字の書かれた紙片、その文字を塗り潰した理由、さらにその紙片が被害者の喉に詰められていたこと。それからドアノブの指紋だけが拭き取られていた理由もわからない。紙片の文字の意味も不明だ」
「なんだか色々と中途半端ですね」
確かにそうだ。残っている証拠は犯人を示す手がかりにならないものばかり。それどころか逆に思考の混乱を招いている。
「そういえば、被害者以外の指紋は出たのか? ドアノブの他に不自然に拭き取られたようなところは?」
肩平が手帳を開く。「被害者の友人で、被害者宅を訪れたことがあると証言した数名の指紋が検出されたようですが、どれも古いものだったそうです。指紋を拭き取った痕跡は、ドアノブの他にキッチンで数ヶ所、遺体のあったリビングの床とテーブルからも見つかっています。それと、調理器具の一部からアルカロイドが検出されたそうです」
「トリカブト料理は調理済みのものが持ち込まれたのではなく、被害者宅で誰かが調理したわけだ。指紋を拭き取ったのは調理をした人物に違いない。これは他殺でほぼ決まりだな。あとは文字の意味がわかれば、だいぶスッキリするんだがなぁ……被害者のことで他に何か報告すべきことはないか?」
「そうですね……」肩平が手帳をめくる。「文字といえば、被害者は漢字の読み書きが得意だったようで、漢字検定二級の資格を持っていたそうです」
「漢字ねぇ……」書類の裏に書いた『大人』の文字に、渦霧が再び目を落とす。「なぁ、これは『おとな』以外の読み方はあるのか?」指先をとんとんと紙に打ち付けながら訊ねる。
「え?」
「いやな、普通『大人』とあったら、無意識に『おとな』と読んでたんだが、ひょっとしたら別の読み方もあるんじゃないかと思ってな」
「ちょっと失礼します」肩平がスマホを取り出し、指を素早く動かして操作を始めた。「出ました。『おとな』『たいじん』『だいにん』『おおひと』それから——」
五つ目の読み方を聞いた渦霧は、被害者の交友関係のリストへ目を走らせた。まだ断定はできないが、先ほど目をつけた男が容疑者である可能性が出てきた。では、彼が容疑者であると仮定して、被害者の不可解な行動と照らし合わせていくとどうなる?
渦霧の頭の中で、バラバラだったパズルのピースが一つ一つ
となると、被害者の喉に詰められていた紙片は、容疑者ではなく被害者自身が自分で詰めたことになる。あれは容疑者から紙片を隠蔽するためにおこなったのではない。むしろ逆だ。容疑者が紙片を見つけることを想定したからこそだ。文字を塗り潰したのも、容疑者が紙片を見つけた後、次に取ったであろう行動を抑止するためだったと考えらえる。
「そうか……それを含めてダイイングメッセージだったのか……」
容疑者、いや、犯人はリストの男で間違いない。
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