Wing it.

佐藤哲太

Wing it. 【KAC20233】

「国産みの神話っつーのはな、イザナギとイザナミっつー神様が、混沌っつーぐちゃぐちゃしたのをかき混ぜて、日本列島を作ろうとしたっつー話のことでな」


 何とも退屈な昼下がり、ぼんやりと窓を眺めながら授業を受ける。

 先週学年末試験を終えて、春休みまでの期間、先生たちはもう試験範囲を気にしなくていいからか、授業の時間を使って、ここぞとばかりに自分の好きな話を、それはもう楽しそうにしてくれる。

 それが一方通行であるかどうかなんか、どうやら彼らには関係ないらしい。


 まぁ先生って仕事も、大変な仕事だもんな。特にうちみたいな中途半端な偏差値の学校じゃ、クソ真面目な奴から反社に寄っていきそうな奴らまで、ピンキリなわけだし。

 そんな奴らが混在する教室で授業するのは、それはもう大変なことだろう。

 俺みたいな、空気みたいな奴のことも、面倒見なきゃいけないのも大変だよな。


 なんだって先生たちは、先生になったんだろうな。


「センセー、イザナギとイザナミってあれっしょ、ヤったら他の神様産んだって奴っしょ!」

「おいおい、品のない言葉を使うなっつーの。しかも二人の神様がおまぐわいなさって生まれてきたのが、今の日本列島だからな?」

「なんだよおまぐわいなさったってっ!」

「てかヤって土地産むとか、神パネぇ!」

「あー、俺らもヤったら土地持ちなれねーかなー」

で成金大ってか!?」


 視線は外に向けながら、耳に入ってくる話は、本当に品のない言葉たちだった。

 いわゆる陽キャ系グループが盛り上がり、先生もそれを止めたりはしない。

 でも笑ってる奴が多いから、これはこれで、みんなにとって悪くはない、のだろう。

 俺からすれば……どうでもいい、が正しいだろうか。

 品のないことを言う陽キャ組も、決して悪い奴らではないのは、一年も同じクラスにいればわかってくる。

 文化祭とか体育祭におけるあいつらの活躍は、先生たちからすればありがたいものだろうと、生徒目線にも分かった。

 何だってやったって何にもならないものに、あそこまで本気になれるのか、俺には分からない。


 じゃあ俺は、何をしたいのか?


 それこそぐちゃぐちゃしていて、分からない。

 これをどうかき混ぜれば何かを生み出せるのか、教えてもらえるなら教えて欲しいくらいである。


「ちなみにあれだぞ,まぐわう時は男から誘わないとダメなんだぞ」

「えっ! じゃあ俺声かけまくろっかな!」

「鏡見て言えよバーカっ」

「ひどくねっ!?」


 そんな俺のよくわからない感情をよそに、クラスの中では先生までも笑っていた。


 もしこういう時、俺も笑える性格だったら——


 みんなが馬鹿騒ぎする時に、一緒に騒げる性格だったら——


 ……やめよう。

 考えても想像も出来ん。


 そんなことをぼんやり考えながら、俺は自分のぐちゃぐちゃした将来像を浮かべながら、今日という日を過ごすのだった。






「船岡は将来何になりたいんだ?」

「え……いや、やりたいこととか、よく分かんないっす。自分の考えもまとまってないし、ぐちゃぐちゃだし、何がいいんすかね?」

「そうだな、じゃあ教師はどうだ?」

「……は?」

「おいおい、そんな鳩が豆鉄砲喰らったみたいな顔すんなよ」

「いや、その慣用句久々に聞きましたよ……ってか、なんでいきなり教師なんですか?」

「そりゃ、迷ったことがある奴の方が、同じ境遇の奴を救えるからだよ」

「いや……そもそも俺がずっと迷い続けでもしたら、論理の破綻じゃないすか?」

「そうでもないさ。大人になっても迷ってる奴だからこそ、生徒を理解出来る場合もある」

「……先生は、そんな子どもだったんすか?」

「いや、俺は学校が好きだったから、先生になったぞ!」

「いや、あんたの話の根拠どこだよ!?」


 こんなやりとりを、高3の頃やった気がするんだけどな。







「それでは、信任の先生のご挨拶です」

「みなさんはじめまして。今年からこの学校で勤めさせていただきます、船岡湊です。悩みとか相談とか、そういうのがあったら、気軽に話してください。よろしくお願いします」


 なんで、この道を選んだのか?


 今考えても分からない。

 自分のやりたいことは結局何なのか?

 俺が何をしたいのか、それはぐちゃぐちゃしたままで、今でも分からないままなんだ。


 とりあえず、あの時の先生の自信ありげな言葉に従って、この道に来ただけだから。


 でも、なってしまった以上は、やるしかない。

 とりあえず頑張ろう。

 ダメだったら、辞めればいいだけだし。


 そうやって、俺は歳を重ねていった。







「先生、俺何したいのかわかんねぇよ」

「それはなぁ——」


「船岡先生、結局俺たち教師にできることってなんなんすかね?」

「そうなぁ——」


 そんな悩みを、たくさん聞いた。


「先生! あの時先生が相談乗ってくれたから、俺頑張れたよ!」


「船岡先生、俺これからも頑張っていこうと思います!」


 そんな希望と決心に満ちた顔を、たくさん見た。


 俺はまだ俺が本当にやりたいことが何だか分かってないのに、俺ばかりを置いて、みんなのぐちゃぐちゃしたものを踏み固めて、進んでいきやがる。


 羨ましい。


 でも、俺がぐちゃぐちゃだからこそ、出来たことなのかなぁ。


 そんな気も、しなくもない。


 つまり結局、人生ってそんなもんなんだろう。

 ぐちゃぐちゃした中身しかなくても、本当にそれしかないならそれがそいつの中身で、安定したぐちゃぐちゃなんだろう。

 きっと、たぶん、そんなもんだ。


 だから俺は今日も相談に来た奴にこう言うのだ。


「俺もそうだから、分かるよ」


 案外人生なんてそんなもんだ。


 人生に意味が見出せる奴は見出せばいし、見出せないなら見出せないなりに、見出せないって認めりゃいい。

 それをどう思うかは、他人次第。


 自分が自分を認めてやれば、それでいい。


 人生なんて、そんなもんなのさ。

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