この狂った、いかがわしい、されど愛しき世界線

花音小坂(旧ペンネーム はな)

プロローグ 流れ星


 バグったババアこと、バグばあが言うには、この世界は3度目らしい。


 1度目の世界は、機械が栄えた文明。人は機械人きかいびとを創り出し、やがて、それに飲み込まれた。機械人たちは互いに壊し合い、世界は終焉を迎えた。


 2度目の世界は、魔法が栄えた文明。魔法使いと呼ばれる超常的な能力を持った者たちが支配する世界。彼らはその類い希な力で世界を牛耳った。しかし、そんな魔法使いの傲慢を、神は許さなかった。主は人を罰し、魔法使いたちごと世界を地底へと沈めた。


 そして……3度目の世界線。


           *

           *

           *


 母乳専門店。


「直飲みだよー! いっぽんどうかえー、いっぽん、どうかえー」

「……」


 間違いない。この世界は、狂っている、と平賀源一郎は確信した。


 そして、当然のごとく、完全無視で通り過ぎようとするのに対し、女が、和服の袖をグイグイと手を引っ張ってく。雑に引っぺがそうとするが、めぐ姐の力は強く、一向に離す様子はない。

 

「吸うてく?」

「……」

「な、源ちゃん。吸うてかん?」

「っ吸うかーーー! このボッタクリクソあまーーーーー!」

「なんじゃーーーーーー! あんた毎日毎日飲んどったやないのーーーーーーーーーーーーーーー!?」

「ひ、人聞きが悪すぎるーーー!!」


 メグリア姉さんこと、メグ姐が失礼過ぎるキレをかましてくる。がしかし、これは残念ながら事実である。平賀源一郎は、このしも町に生まれたばかりに捨てられていたらしい。


 必然的に、母乳専門店のお世話になった形だ。


 メインターゲットが大人だったという事実を知ったのは、それから12年後であったが、とにもかくにも、源一郎は、そんな事実からも、『直のみ? マジ』と何度も問い詰めている中年男からも目を背け、全力で逃げた。


 10分後、源一郎は自身の城へと到着した。ジャンク屋『我楽多』。シャッターを開けると、洗濯機、電子レンジ、車のパーツ、等々。壊れた機関からくりで埋め尽くされている。源一郎は手狭な作業場に向かって、すぐに仕事を始める。


 手慣れた様子でチャキチャキと工具を使い、壊れた機関からくりを修理していく。ジャンク屋と銘打ってはいるが、仕事の8割は保守・修理だ。しも町の住民に新しい機関からくりを買う余裕がないので、割と繁盛している。


 バグ婆の話だと、昔は『電気』という動力源だったらしい。今は『魔素』という動力源が使用され、それらは機関からくりと呼ばれている。


 そんな中。


「源さーん、直った?」


 なじみ客が人懐っこい笑顔で源一郎に近づいてくる。


「あー、魔素漏れだな。合金で塞いどいた。あと、もろもろ直しといたから、これであと5年はもつ。大事に使えよ」


 魔素は地中から吸い上げられる、気体状の動力源である。車や列車、飛行機など、ありとあらゆる機関からくりに使用される。もちろん、下町で潤沢に出回るものではないが、日常品として使えるほどの価格で取引されるものだ。


 修理されたラジオをアレコレ触りながら、馴染み客はホーッと感心した声をあげる。それもそのはず。持ってきた時には結構な壊れ物だった。合金で塞ぐだけなら、数十分でできるが、あちこち気になる箇所があって勝手に直してしまった。そういう性分なのである。


「さすがだ。他のとこは適当に使えるようにして『後は知らん』だからねぇ」

我楽多がらくたを他の不良業者と一緒にしてもらっちゃ困る。ウチは安全、安心、信頼で売ってるんだ。多少値が張ったって、長く使う事を考えれば……」

「あはは。その長ったらしくて説教くさい口上がなけりゃあ最高なんだけどねぇ。はい、駄賃。多めにしといたから」

「ぐっ……まあ、いいや。毎度」


 そう言って源一郎は駄賃を受け取ーー


 少ない。修理費が相場よりも、かなーり少ない。


「ちょっと、あんた。冗談はよし子ちゃーー」


 !?


 ない。


 ピッカピカに仕上げた電子レンジが。


 そして、いない。


「んのぉ!」


 弾かれたように、源一郎は走る。そして、しも町4丁目を右に通りを曲がると、いた。電子レンジを担いで、ラジオをぶら下げて、全力で走るなじみの客が。 

 

「こんの野郎ーーーーーーーー! 待ちやがれーーーーーーー!」

「ひっ、ひいいいいいいい! 見逃してくれーーーーーーー!」


 数十秒も経たないうちに、なじみの客のスタミナが事切れ、捕まえた。源一郎はそのままマウントを取り、胸ぐらを掴む。


「はぁ……はぁ……ふざけんな! なんで、こんなこと」

「ヘヘ……めぐ姐が『電子レンジが欲しい』って」

「……っ」


 母乳専門店。とりあえず、ボコボコの刑に処したあと、なじみ客というの名のド変態野郎の衣服と財布を取り上げて捨てた。クズばっか。と言うか、なじみの店で泥棒すなよ。


 夜中。源一郎は、店のシャッターを閉めた。そして、お手製の望遠鏡を担いでしも町の南へと向かう。30分後、第7集積場へと到着した。国中の壊れた機関からくりが集まる場所だ。


「おわー! 今日も大量だねぇ」


 源一郎にとっては宝の山だ。


 ここは、江戸であって江戸でなかった。壊れた機関からくりを埋めて形成されたその陸地は、士農工商の身分制度からも外された、言わば『下人』が住まう。その日暮らすだけで精一杯。なんの娯楽も、希望も、目的も、生きる意味も、夢を見ることすらできない。


 その場所は、皮肉をもって『夢の島』と呼ばれた。


 使えそうなジャンクを物色して数時間。一通り戦利品をゲットした後、源一郎はお手製の望遠鏡で夜空を見上げる。機関からくりイジり以外、唯一の趣味だ。


 地上には、あまりに汚物が多すぎるからに違いない。


 その時。


「流れ星……」


 珍しい。


 パンパン。


 源一郎は柄にもなく、手を叩いて、願掛けをした。


「……」


 時々に逃げ出したくなる。どうしようもない掃き溜めのような場所で。どうしようもない野郎どもが住んでいて。どうしようもなく、ここでしか生きていけない現実に。


 下人は、しも町でしか生きられない。一歩でも外に出れば侍から斬り捨てられる。


「……」


 バグばあの話を聞くのは好きだった。この世界が広く、和の国の外には自由な世界が拡がっている。そんな行ったこともないくせに、まるで行ったかのように。


 この世界は3度目の世界線。生きてもいない癖に、バグ婆は生きていたかのように語った。当然、誰もがバグったと嘲笑い、相手にもしなかった。源一郎もそう思う。


 でも。


 間違いなく妄想であろう、そんな話を聞くのが大好きだった。外にはそんなドキドキするような世界線が拡がっている。


 そんな世界に羽ばたけたとしたら。


「……あ、あと可愛い彼女もください」


 思い出したように付け加えて、目をあけた。貧乏人に、いつまでも現実逃避している暇はない。そろそろ戻って、寝て、また開店の準備をしないと。


「しっかし、大きい流れ星だな……あれ、段々近づいて……」


 源一郎は、まぶたをこすって、望遠鏡を眺める。


「……っ」


 少女だ。流れ星=少女。どういうことだ? 意味がわからない。でも、そう見える。源一郎は、あり得ない自体に混乱するが、それはドンドン近づいてくる。


 少女が空から落ちてくる。


 バグ婆の話だと、昔はそう言う素敵な物語があったようだ。そこから、少年と少女の冒険活劇が始まるのだと。


 途端に源一郎の鼓動がせり上がった。まさか、自分の元にそんな物語めいた出来事が。もしかすると、流れ星が願いを叶えてくれたのか。


「……っ」


 しかし。


 それは落ちてくると言うより――


          ・・・























「突き刺さったーーーーーーーーーーーー!?」


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