深夜三時の聖平妙寺

国見 紀行

足元には気をつけて

『深夜三時に墓地に行くと、亡者にあの世へと引きずりこまれる』

 そんな噂のあるお寺の裏手にある墓地の周囲には、申し訳程度にロープが巻かれ、かすれた字で『関係者以外立入禁止』と書かれた看板が立てられていた。

 もちろん噂を聞いた悪ガキたちが夜中に侵入して墓石をドミノ倒ししてから、寺の住職がやっつけで設置したものだ。

 ご時世的には監視カメラの一つも付ければと言うが、誰が墓石しか映らない様子を四六時中見るというのか、というありがたい言葉から監視カメラをつけようという気配はない。

 それを知ってか、十分暗闇対策をした悪ガキが幾度となく不法侵入を試みる。

 そしてまたロープが厚くなる。

「意外と、ここはそのままなんだよな」

「やっぱやめない? 肝試しなんてさ」

 夏の暑い日、男女四人がハンディライトをそれぞれ持って、寺とは反対側の方から墓地への侵入を試みていた。

 寺側からは見えないが、反対側のロープはそこそこ大きな沼があり、ロープを張ろうにも杭が埋まってしまってうまく張れてない部分がある。いや、張ってはいるが悪天候が続いたりするとぬかるみに沈んでしまうのだ。

「んじゃ、二人一組で行くか」

 男女それぞれがペアになり、少し距離を置いて墓地を一周。それだけの肝試し。

 沼地にはあらかじめ大きな板で橋渡しを作ってある。けして深い沼ではないのでこの程度で十分だった。

 渡るたびにぱしゃ、ぱしゃと音を立てるが十分な強度を足元に感じた。

「うわぁ、流石の雰囲気だな」

 やたら高い墓石や扇状に広がる卒塔婆。枯れてしまった柳の木や申し訳程度の照明。月の光もその足元までは届かない。

「じゃあ、肝試し開始!」

 先行は金髪の男とショートカットの女が行く。続いてガタイのいい男と金髪ロングの女が出発していく。

 数分も歩くと賑やかだった男女のはしゃぎ声よりも風の音や草がこすれる音の方が耳に残るようになり、意外と広い墓地の半分も回る前に一行は静かになった。

「ね、ねえ、今どのへんかな?」

 先行の女が男に問う。

「まーだ半分くらいだって」

 男はニタニタしながら答える。腕に当たってる柔らかい感触にご満悦のようだ。

 後続からもボソボソと声がする。同じような会話をしているのだろう。

 きっと同じように密着していい思いをしているに違いない、と後ろを振り向いたその時。

 ちりーん、と乾いた鈴の音が響いた。

「なに? なになになに!?!?」

 ちょうど半周したところで起こったアクシデントに、先行していた女は驚いて墓地の中央を突っ切って逃げ帰ろうと走り出した。

「あ、ばか! 走ったら危ねーぞ!」

 つられて男も走り出す。その様子を見た後続も思わずダッシュで墓地を抜けようと走り出した。

 ちりーん、ちりーんとなおも鈴は鳴り響く。

「いやー! キャー!!」

 もう少しで出口の沼地付近まできた女は、慣れない厚底サンダルを履いてきたせいで墓石に躓いて転んでしまった。

 ばしゃ。

 幸いにも上着が少し跳ねた泥で汚れたが、大事には至らなかった。

 追いついた男に起こされると、そこで後続も追いついた。

「ねえ帰ろうよー!」

 金髪ロングの女が弱音を吐く。しかしすっかり息の上がった男女は、もう回る気が失せていた。

 そのとき、先行の女が躓いた先にあった墓石がバランスを崩し、事もあろうに沼地の方へと倒れてきた。

 ばっしゃーん!

 派手な音を立てて三人に飛沫がかかる。

「キャー!!」

 生暖かい飛沫がより気持ち悪さを際立たせ、全員が肝試しを中止することに異論はなかった。

「ひぇ…… ぐちゃぐちゃ」

「まさか、バチが当たった……?」

「帰ろう! すぐに!」

 そこからは、誰も話す事もなく解散した。いや、話せるはずもないだろう。

 ひとり、墓地から帰らぬ人となったのだから。

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深夜三時の聖平妙寺 国見 紀行 @nori_kunimi

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