梯子

長万部 三郎太

天と地が逆さま

天まで続く一本の長い長い梯子をわたしは昇っている。


いつから?

さぁ、よく覚えていない。


足元の遥か下には広大な海が広がっている。


梯子に手足をかけること幾星霜。

思考さえも放棄したはずなのに、久々に脳が動いているようだ。


いっそのことこの手を放してしまおうか、と過去に何度も考えたが、なかなどうして手が離せないのだ。まるで永遠に昇り続ける宿命であるかのように。


なんてことを思ううちに、遥か上空で動く豆粒ようなものに気がついた。


だんだんと近づいてくる何かは、やがて見知った姿となった。

それは梯子を天から海へと昇るように、逆さになって進むもう1人のわたしだった。


反対側を進む逆さの自分と目が合ったので、果てを知るため問いかけた。


「なあ、おい。そっちは梯子を昇ってどれくらい経つんだ? 天の果てはすぐか?」


「よく覚えてないんだ。そっちはどうだ。もうすぐ、じきに海の果てがあるのか?」


答え無き問いに落胆したものの、閃きを得た。

彼とすれ違ったということは、今ここが中間地点ではないのだろうか。


梯子を握る手に力が入り、目にも光がさす。

はしごの向こう側にいる彼も気がついた様子だ。


「ここが半分か」


「そのようだ」


わたしは無性に嬉しくなり、彼と握手を交わそうと右手を伸ばした。梯子の反対側にいる彼もまた右手を差し出し互いに力を込めて手を握った。

その刹那、天と地が逆さまとなり、気がついた時にはわたしは海へ向かって梯子を昇っていたのだ。


あたりを見渡しても先ほどの自分はもういない。


どっと押し寄せる徒労感と、そして筆舌に尽くしがたい絶望感に包まれたわたしは、すべてを終わりにしようと決意し、ついに梯子から手足を離すことにした。



どれくらい墜ちたのだろうか?

目が覚めるとわたしは天にいた。


「彼は海へ着いたのだろうか……」





(エデンシリーズ『梯子』 おわり)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

梯子 長万部 三郎太 @Myslee_Noface

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ