空想少年の宿題

青草

プロローグ

 目の前に広がる暗黒の穴。宇宙という果てしなく巨大な怪物が、あんぐり口を開けているように見えた。

 先ほどまで惑星だったはずの無数の岩石が、みるみるうちに吸い込まれていく。


 震えるモニターを眺めていると、お腹の底から沸き立ってくる感情に支配されそうになる。

 慌てて怪物の口をウォータースライダーだと思い込むことにした。実際に乗ったことはない。小説で読んだだけだけど、あれはとても楽しいらしいから。

 ふと自分と同じ年頃の子たちが、プールを遊泳する光景が浮かんでくる。夏休みってこんな風かなと息を吐いた。


 こんな時に何を考えているの。意図せず思い浮かべた映像を頭の中から払いけた。

 地鳴りのような低い音と共に、震えが強くなる。今まさにこの機体は、すさまじい引力と高熱にさらされている。操縦桿そうじゅうかんを握る手のひらに、じわりと汗が滲んでいた。


「博士。この船は現在自動運転中デス」

「……分かって…るわ……。フロッディ……」

「心拍数が上昇してイマス。大丈夫デスカ?」

「……大…丈夫……」

 そう返すのが、やっとだった。声が震えているのは、きっと機体の震えのせいだ。

「間もなくワームホールに突入シマス。心の準備はよろしいデスカ?」

「……ええ。もちろんよ。この宇宙にたった一度きりのチャンスなんだから」

 きっと上手くいく。そう言い聞かせるように操縦桿を、ぎゅっと握り直した。


「承知しマシタ」

 次の瞬間、機体の震えは大きな揺れに変わった。モニターには砂嵐のような渦が映し出されている。

「突入開始しマシタ」

「重力値は!?」

「想定の範囲内デス。揺れマスガ、我慢してクダサイ」

「よし……! 第一関門の重力耐性はクリアね! 航路は捕捉できる?」

「目標航路2004捕捉成功」

「やったわ! 計算通りね!」

「航路2004へ前進シマス」

「ええ、行きましょう……! 2004年の日本へ!」


 ガグン……!

「な、何?」

 機体の揺れとは明らかに違う衝撃があった。

「想定外の重量を検知。反重力計算にズレが生じマシタ。再計算中。更なる衝撃に備えてクダサイ」

「想定外の重量って、船の外なの……!?」

「コレは……船の内部デス!」

 ガガグググウンッ!

「きゃあああ!」

「左の反重力スラスターを損失しマシタ。コントロール不能。コントロールフノウ……!」

 非常ランプが操縦室を赤く染め、視界がグルグルと回り始める。


 遠のく意識の中で、スラスターの残骸が常闇とこやみの彼方へ吸い込まれていくのを、私は見た──。

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