スランプ 【KAC20233】

細蟹姫

スランプ

 誰かの物語の幕を勝手に開けて、誰かの物語の幕を勝手に閉じる。

 そんな作業をずっと繰り返しているのだけれど、時々、物語の進め方が分からなくなる事がある。

 何かが違う。それだけは分かる。だけど、それが何なのか全く分からなくて、あらゆる方法で書いては消し、書いては消しを繰り返して…。いよいよ訳が分からなくなって、始まりかけた物語を勢い任せにぐちゃぐちゃにしてゴミ箱へ投げ捨てる。

 そんな事を繰り返しているうちに、ごみ箱の中は始まらなかった物語達で溢れかえっていくのだ。


 ごめんね。

 だけど、今の私にはキミ達を救いあげる力は無い。


 ごめんね。

 今はもうキミ達と向かい合う事がただただ苦しい。


 ―――スランプ


 そんなものにハマる事すら烏滸がましいレベルなのに、学ぶべき事はいくらでもあるのに、プライドだか嫉妬だか良く分からないモノのせいで、誰かの物語を読む事すらも何だか苦しくてままならない。


 いっそもう、辞めてしまった方が良いのかもしれない。

 だって、そうして苦しんだ後に生み出した物語だって星屑にすらなれないのに、書き続ける意味なんてあるわけも無いじゃないか。

 私が誰かの物語を始めなくとも、誰かの物語は幕を開け、誰かの物語は幕を閉じる。それは何も特別な事ではないんだ。


 それなのに、私はまだ真っ白な紙の前にペンを持って座っている。

 ペンを置こうとする度に、席を立とうとする度に、薄っすらと誰かの顔が浮かんで来てしまうからだ。その瞬間、真っ白な紙を真っ黒に染め上げる事が出来る気がしてペンを強く握り直す。

 だけど、誰かの声は遠くの喧騒に呑まれるように、私の耳には届かなくて、結局、一文字すら書けないまま、用紙の白と睨めっこをする事しか出来ない。


 私に呼びかけるあなたは、一体誰なのだろう?

 美しく輝くその場所は、一体何処なのだろう?


 紡ぎたい…紡ぎたくない…紡ぎたい…紡ぎたい…


 紡ぎたいんだよ!!!


 苦しくても、無意味でも、物語を紡ぐ事を辞められない。

 大好きだから、辞めたくない。


 下らない自尊心を捨てて、逃げて来たものと向き合わないといけないのだと思う。

 ぐちゃぐちゃに丸めて捨てた物語を拾い集めなくちゃいけないのだと。

 吐きながらでも誰かの物語を読み、学ばなければいけないのだと。


 そうしたら、答えは出るだろうか。 それは分からないけれど。

 

 さぁ、書こう。


 続ける理由も、辞める理由も必要はない。

 「しなければいけない」なんて、所詮は思い過ごしなのだ。

 それが一番、残酷な事実なのかもしれないけれど。

 

 それでも私は、物語を紡ぎ続けたいのだ。

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