友達同士の三月七日

太田千莉

三月七日

 放課後に少し付き合って欲しい、と珍しく君から誘ってくれたお出掛けの行き先は、駅近くの大型百貨店だった。


『バレンタインデーのお返し、どういうのが良いのか分からなくてさ。その……か、彼女出来たのとか初めてだから、女の子の意見も聞かせて貰えたらなって』


 ここに来るまでの道中、気恥ずかしそうに笑いながら告げられた君の言葉に一瞬だけ、約一ヶ月前のあの日に廊下から見た教室の夕景を思い出して息が詰まりそうになる。吐き気にも似たそれを押し殺し、すぐに私もいたずらな笑顔を作って、いつものように揶揄からかいの言葉を返した。

 それから、二人で並んで色々なお店をまわった。二人でいるはずなのに、君の眼と心の奥には、常にあの子の陰があるのが分かった。当然だ。今はあの子の――君の初めての彼女のための時間なのだから。

 

『女の子って、どういうプレゼントが嬉しいの?』


 投げかけられた質問の答えは、酷く簡単だった。

――君のくれる物なら私、何でも嬉しいよ。

 一番伝えたいその言葉を言ってしまわないようにするのが、ほんの少し難しかっただけ。


 そうして最終的に君が選んだのはチョコレートだった。

 ガラスケース越しに、箱詰めされたチョコたちを見比べている。ガラスケースとにらめっこする君の横顔は、私に盗み見られている事すら気づかないほどに真剣で、悩まし気で――けれど、楽しそうで。

 それを見ながら、つい癖で左手の人差し指の側面を親指の腹で撫でる。

 身体の治癒力というのは流石で、一ヶ月前に包丁で切った傷はもう跡も無く治っていた。

 やがて、君が意を決した表情で顔を上げる。


『すみません――』


 緊張か高揚か、やや上擦った声音でケースの中の一つの箱を指差す。贈答用にラッピングをお願いして、可愛く包装されたそれを受け取る。

 それから、もう一つ別の箱を指差した。

 一個目よりは少し小さい箱。簡素で、けれど綺麗なその箱を店員さんから受け取り、そのまま私の方に差し出した。


『今日のお礼と、バレンタインのお返しと、あとこれからも宜しくって事で』


 困惑する私に、君はそんな言葉を添えてくれた。

 屈託のない笑顔を浮かべる君からそれを受け取る。

 震えそうになる声を必死に抑えて、湧き上がる諦めたはずの想いに何とか見えないフリをして、ありがとう、と努めて明るく笑う。



 一日遅れで渡したバレンタインのお返しは、一週間早くやってきた。

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友達同士の三月七日 太田千莉 @ota_senri

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