手紙
麻倉 じゅんか
本編
「うぇ〜疲れた……」
木造アパートの我が家を目の前にして、俺は小さく声を漏らした。
終電ギリギリまで、どうせ無給金だろう残業をこなし帰ってきたのだ。
『その程度が何だ、俺なんか数日家に帰ってないんだぞ!』と言ってくる奴もいるだろうが、疲労度を張り合っているわけではないんだ。こんな愚痴ぐらいはこぼしてもいいだろう。
ドアの前まで来て、彼はレターボックスに何かが入っていたことに気づいた。
薄っぺらい封筒だったので、最初ダイレクトメールだと思った。
(こちとら生きるのに命を削ってまで頑張ってるってのに、楽な商売しやがって)
そんな風に考える程に相手を気遣う余裕の無い俺は、最初そのままぐちゃぐちゃに丸めてゴミ箱に放り投げてやろうと思った。
が、妙に凝った意匠の封筒と、そこに書かれた差出人の名前に気づいて、鞄にしまった。
部屋に入り、布団とセットで時価約1万円のコタツの、テーブルの上に鞄を
そして2ドアの小さな冷蔵庫から缶ビールを1本取ってくると、テーブルの上に置く。
コタツに足を突っ込んだ。――赤外線の熱は感じたが、まだコタツの中は温まっていなかった。
エアコンは、設置する時に大家に言わなければならず、面倒くさい。
灯油ストーブは、このアパートでは禁止だ。まあそうでなくても、灯油が色々とかかって面倒くさい。
ヒーターはコスパが悪い。
結局俺にはコタツがお似合いだ。そういう論に落ち着いて、缶ビールを手に取った。
今日一日ご苦労さん、乾杯。と心の中で祝杯を上げつつプルタブを開く。
しゅわあ……と白いビールの泡が缶の呑み口から
途端、口中に
鞄から、酒の
一口、齧る。市販品だがカリッとしていい歯ごたえだし、
そして一緒に鞄からレターボックスに入っていた封筒を取り出した。
送り主は高校時代、特に親しかった旧友だった。
高校を出て、俺はこの街に来た。
あいつは故郷に残り父親の跡を継いで……故郷の親から聞いた話じゃあ、かなり上手くやってるらしい。
先日実家を改築して、その家は地元じゃあ『なんとか御殿』と呼ばれているとか。
その他にもあいつん
街の片隅のボロアパートで独りちびちびと酒を飲んでいる俺とは大違いだ。
あいつとは高校卒業後、連絡をとっていない。
連絡をとる理由がなかったからだが、成功者のあいつに、敗北者の俺が連絡するのは気恥ずかしかったという理由もあったからだ。
向こうが連絡して来なかったのは……良い意味で忙しかったからだろう。
その成功者のあいつが何故か今頃、封筒を送ってきた。
一体、何の用だ?
封を切り、中身を確認する。
――紙切れ1枚と、写真が1枚入っていた。
…………。
写真を見て、一瞬硬直した。
そこに写っていたのは黒服に身を包んで笑ってやがるあいつと、やはり嬉しそうに微笑んでいる――初恋の人だった。
いや、彼女に恋をしていたのは俺だけじゃあない、
ただ奥手だった俺とは違い、あいつは彼女に積極的にアプローチしていた。
彼女も、まんざらではなさそうだったので、いつかこうなるんじゃないか、とは思っていたが……まさか本当にこうなるとは。
胸の奥がズキリと傷んだ。
これが失恋の痛みってヤツだろうか。
「失恋すると、本当に胸が痛いんだな……」
封筒にもう1枚入っていた、紙の方を見た。
『結婚しましたw』
下手くそな文字で大きくそれだけが書かれていた。
「バカにしてんのか、あいつ!」
怒りに任せて紙を2枚に引き千切る。
――ふと、テキトーに置いた写真の裏に、細かく文章が書かれているのが分かった。
プリンターで印刷されていたが、出だしで、紙切れに、学生の頃のノリで悪ふざけを書いた事を謝る文章が、
そこには近況と高校卒業後の二人の事が簡潔に書かれていた。
最後には『応援してやるから、お前も頑張れよ』との一文もあった。
「『頑張れよ』か……」
目の前の壁を見上げた。
そこに貼られているのは社内コンペの広告。
貰った時はやる気があって、やってやろうとそこに貼った。
しかし、いくら考えても良い案が出ない。
周りから漏れ聞く、他の連中のアイデアのレベルが、情報の一片だけでも俺なんかより高い事に気が引けたこともあって、怖気づいて諦めてしまった。
「そういうところなんだよなあ……俺が駄目なのは」
…………。
負けっぱなしの人生、楽しいか? 自分に問いかける。
負けるのが怖くて縮こまっても、結局それは負けと変わらない。旧友の写真を見て思う。
だったら!
俺は封筒と紙をぐちゃぐちゃに丸めてゴミ箱に放った。丸いゴミはすとん、とゴミ箱に入った。
写真はタンスの上に乗せ、俺は朝までコンペのための企画書に挑んだ!
手紙 麻倉 じゅんか @JunkaAsakura
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