第7話
侍女は先ほど『見たことのないお茶をよく飲んでいた』と言っていた。
だからお茶を置いてある茶房なら、何か手がかりがあるのかと思ったのだ。
――しかし、数分後。
「うーん。ないね」
「ないですねぇ……」
私と桂蓮姐さんは、蒼玉宮の茶房で途方に暮れていた。
表でざぶざぶと洗濯をしていた侍女の手も借りながら、私たちは中に置いてあるありとあらゆるものを調べてみたのだけれど……特にあやしいものはなかったのだ。
匂いを嗅いだり時には舐めてみたりもしたけれど、どれも値段に差はあれど、普通のお茶にすぎない。
念のため厨房もくまなく調べ、最近飲んでいる薬湯なども全部教えてもらったものの、その中にも特段変わったものはなかった。
「うーん……」
私と桂蓮姐さんはふたりそろって唸った。
「もう少し調べたいところなんですが、この後
「それはいいけど、あんた、ひとりで
「
「あたしが言っているのはそこじゃないよ。
姐さんの言葉に私は苦笑いした。
正直、それは私も少し心配していた部分ではある。
「……さすがの
姐さんはまだ迷っているようだった。
本当は安全を期するために二人で
そのことは、姐さんも十分わかっているのだろう。
散々迷った末に、姐さんは結論を出したようだった。
「……わかった。それなら、
そうして私たちは二手に分かれたのだった。
◆
紅玉宮の巨大な門をくぐり、春牡丹が咲き乱れる道を通って、私は
道中すれ違う侍女や妃たちに異変はなく、いたっていつも通りのように見える。
昨日診療したばかりの
とは言え断ることはできないため、こうして私がもう一度出向くことになっている。
「こんにちは。宝玉治癒師の紫瑶です」
春風が吹き抜ける、広々とした房間。
けれどいつもならすぐに出てくる赤髪の妃は、今日は姿を見せない。
「……
いぶかしんだ私が、もう一度名を呼んだ時だった。
前からたたたっと駆け寄ってきた
「うわっと!」
全力だった上に不意打ちだったため、私はその場にどすんと尻餅をついた。
「いたた……
なんとか片手で体を支えたものの、飛び込んできた
「ちょっと……もしもし……」
――ごめんなさい姐さん。今日はどうやら、
ひとりで来たことを後悔しながら、私は無理矢理
それから彼女の顔を見て、ぎょっとする。
「
その顔は赤く、はぁはぁと漏らされる息は早く荒い。脈をとらなくても、押し付けられた胸から、ドッドッという力強い音が聞こえている。相当だ。
「
こんなところを他の人に見られたらとんでもないことになる。
実際に外で抱き合ったりなんかしたら、あっという間に噂を広められるだろう。
「そうですわね、中に行きましょう! それがようございますわ!」
言って、
その様子に私が驚いて目を見開く。表情からして、てっきりお酒を飲み、酩酊状態になっているのかと思ったのに、意外にも彼女の足取りはしっかりしており、意識もはっきりしている。
なのに、この興奮ぶり。
私は何ひとつ異変を見逃さないよう、目を光らせながらゆっくりと部屋に踏み入れた。
すると、入るなりすぐさま
「ねえ紫瑶様。わたくし、今日はわざわざ人払いしましたのよ。それも先ほど申しました通り、本当にあなたのことを……」
「
その言葉を流しつつ、私はくん、と鼻を動かした。
部屋の中にはかすかにだが、どこか苦いような、香ばしいような匂いが残っていたのだ。
私の質問に、
かと思うと、彼女は逃げるようにサッと身を引いた。
「いっ、いえ。何も……その、ちょっとお茶を飲んだだけで」
「お茶?」
私はその言葉を聞き逃さなかった。
すぐさまずいっと、
「どんなお茶ですか。見せてください」
「な、なんてことない、普通のお茶よ?」
言いながら、
……これは嘘だな。
私は微笑んだ。
優しくにっこりと――この上なく美しく、妖しい光を浮かべて。
「……悪い子だね。あなたは嘘をついている」
その瞬間、なぜか
……しまった。言い方を間違えた。
凄んだつもりだったんだけれど、頬を赤らめている彼女を見るに、逆に喜ばせてしまったらしい。
でも、それならそれでやり方がある。
私は
「さぁ、教えて……。一体、何を飲んだのですか」
耳元で囁けば、顔を真っ赤にした
「わ、わたくしも名前まではわからないのよ……! ただあれを飲むと、額玉が輝く上に体も痩せて、肌も綺麗になるって聞いただけなの!」
私は苦笑した。
そんな怪しいものを、名前も知らずに飲んでいるなんて。
それから密かに吐息を嗅ぐと――どこか煙っぽい、苦い香り。
うん、
間違いない。このふたり、同じものを飲んでいる。
ううん――。
そこで私は考え直した。
もしそのお茶に額玉が輝く作用があるのなら、恐らく
最近の妃たちの輝きぶりを思い出して、私は苦笑した。
何かあるとは思っていたけれど、やっぱりね……。
「現物は残っているのですか?」
「い、いえ……。なるべく早く処分するように言われたから、飲み終わったあとのものは全部地面に埋めてしまったわ。新しい分は、今度またもらえると……」
うわぁめんどうなことを……。
内心顔をしかめていると、私は机の上に手巾が置きっぱなしになっているのに気が付いた。
人払いをしたと言っていたから、普段ならすぐに片付けてくれる侍女がいなかったのだろう。
私は
白色の手巾には、うっすらとだが何か拭いたような染みがついている。
一見するとお茶をこぼしただけのように見えるが、そこから放たれる臭いは、間違いなくお茶ではなかった。
嗅ぐと、鼻腔を満たすのはどこか香ばしく、そして苦い匂い。なのに、わずかなすっぱさも感じる。
ああ、これ……多分アレだね?
私の頭の中で、ようやく特徴が一致するものが浮かび上がった。
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