誘惑香

御月

途方にくれる私と……

「……どうしよ」


 ぐちゃぐちゃの部屋で途方にくれる。


 私はこれからデートだった。これは服選びどころじゃない。テレビの示す時刻は……もう出なきゃ!


「行くしか、ないわよねっ!」


 趣味の合わない服を纏って、ヘアセットもメイクもせずに家を出た。






「本屋は……こっちだったは、ず」


 うろ覚えの記憶を頼りに住宅街を抜ける。


 見覚えのある、私があげたテディベアのぬいぐるみのキーホルダー。昨日、他の女にデレッとしたアイツに、私が投げつけちゃったプレゼント。あいつに似てる愛嬌のあるテディベア。あんな渡し方だったのに……ボディバックに付けてくれたん、だ。

 それを肩に走る。鍵も財布も、なによりスマホも入ってた。充電が切れてなくて、ホント助かった。スマホのマップを起動して、行くべき道を確かめる。


「あっ、ここは見覚えある」


 それは、通りの角にある一軒家。


「記憶と変わらない……いい香り」


 沈丁花の放つ甘い香りに、心が落ち着いた。この香りをかいだのは、そう、これから会える筈の、彼と一緒に。


「行かなきゃ。会わないと」


 香りと思い出が、私を満たした。






 大型の本屋の中にある喫茶店。入り口で、荒くなった息を整える。彼の姿はまだ無い……たぶん間に合ってるはず。異常な事態だから、約束を忘れられていないか心配だけ──あっ!


「スマホあるなら、メッセージ、ううん、電話すりゃよかった」


 マップ機能を使っておきながら、そこに考えが及ばなかっただなんて。どれだけパニックになってんだ、私。


「……って、必要なかったし」


 耳にスマホを当てる私の前に──が居て……。

 ふっ、と沈丁花が香った。これ──今日謝ろうと思って準備してた服にそっと香らせておいたやつ。


「「ごめん!」」


 言葉が被った。内容も。

 ぷっ──思わず声が溢れた。アイツの声も聞こえたから。


「「えっ?」」


 また、被った。目の前には……がいる。


「「戻った!?」」





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誘惑香 御月 @mituki777

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