【短編ホラー】夜のビーチ

どく・にく

『夜のビーチ』

 市ノ瀬いちのせの番になった。

 暗い部屋の中。俺たちは今、百物語をしている。何故こんなことをしているかと言えば、高校最後に思い出を作っておこう、となったからだ。

 ついさっき吹き消けされた蝋燭ろうそくから、ふわっ──と独特の匂いが漂う。市ノ瀬は闇の中でわざとらしく、それらしい表情を作った。ような気がした。


「これは、ぼくが子供のころ、実際に体験した話なのだけれど」




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 ぼくは小さいころ、夏休みには毎年、父方の祖父母の家へ遊びに行っていたんだ。家は港町にあって、ぼくはそこの海で遊ぶのが好きだった。

 六年生のときだったかな。小学生最後の夏休みだし、思いっきり遊んでやろうって意気込んだのを、よく憶えているよ。


 でもその年は残念ながら……、海で遊べなかった。

 両親の説明ではなんでも、この町を舞台にしたドラマが大ヒットしてしまったみたいで。そこまでは良いんだけれど。……客足が増えたせいで、どうもトラブルが多発したらしくてね。

 町中にゴミをポイ捨てする観光客が、後を絶たなかったそうだ。

 浜辺の方も、当然ゴミの山さ。

 環境保護のためと、『何処にどんなゴミが埋まっているか分からず、安易に立ち入れば足を怪我するかもしれない』危険性から判断され、立ち入り禁止になっていた。

 立ち入り禁止の看板の向こうには、これでもかってくらい、ゴミだらけになった砂浜が見えて──子供のぼくはそれを見て泣きそうになったな。悔しさとか、怒りとか……、まるで自分の家を荒らされたみたいな気分だった。


 そこで遊ぶのを、むしろそこだけを楽しみにしていた。

 そんなだったから、落ち込むぼくを見て、家族の皆は元気付けようと色々やってくれた。

 例えば……、……祖父母の家の庭で。BBQパーティをやったり。

 祖父が用意した高級肉を、オヤジが間違えて地面に落としたときは、非難轟々ひなんごうごうだったな。そのあとはコンビニで花火を買って、プチ花火大会をしたっけ。

 どれも本当に楽しかった……。


 でも、一度膨らませた期待が割れたとき、その穴は中々埋まらないものだろ? ぼくも『そう』だったんだよ。小学生だから自制心とかもまだ育ちきっていないし、かなり根に持ってたんだと思う。

 どれだけ楽しくても、何か心に引っ掛かりを覚えて。

 ああ、やっぱり海で遊べたらな──。

 こんなに楽しくて、更に海で遊べたら、もっと最高だったのに──。

 ……てな具合でね。


 だから大人のみんながパーティで疲れて、眠っちまってる間に、こっそり家出したんだ。

 行き先は勿論、あの砂浜。


 余っ程好きだったんだろうね、あそこが。今思うと何でそこまで執着してたんだろ? って感じだけれど。

 そういうヤンチャは余りするタイプじゃなくって、どちらかと言えば素直な優等生だったから、とにかくドキドキしたのを鮮明におぼえてる。


 初めてやる悪行。

 しかも今は夜で、そこは実家とは程遠い港町。

 毎年来ているけれど、さすがによく知っている町とは言えない。それに小学生が夜出歩くなんて経験、普通はあんまりしない。だから凄くワクワクしたんだ。

 親を起こさないよう、忍び足で祖父母宅の暗い廊下を歩いたり。引き戸の開け閉めなんて、音がどうしてもするじゃん? もう心臓バックバクでヤバかった。

 外に出たら逃げるようにして、夜の田舎町を走った。


 怖さとかよりも、そのときは背徳感とか、そっちが優先されてたなあ。アドレナリンとかも出まくってたんだと思う。

 道中も、真っ暗闇を、たまにしかない街灯が照らして、その下にある光の輪っかだけが見える範囲。それを辿って、祖父母の知り合いに見付かったらどうしようとか考えながら、アスファルトを踏む。

 でもなんだか地に足着かない。そんな感覚。

 そうやって、ようやく着いた砂浜は、当然のごとく真っ暗闇だった。


 しまった。懐中電灯のひとつくらい、くすねてくれば良かった。──そんなことを思ったっけな。


 ぼくは早速、ゴミ掃除に取り掛かった。

 ここで付け加えておきたいのは、このときのぼくの心理状態だね。みんなも経験有ると思うけれど、子供のころ、今にして思えば『なんでソレやった?』みたいなことって有るじゃない?

 思考回路が、今現在とはまるっきり別物っていうか。

 因果関係が、今考えればまるっきり的外れというか。

 まあそんなこんなで──ぼくはこのとき『この砂浜が明日の朝、突然綺麗になっていれば、みんな驚いて、立ち入り禁止を解除してくれるだろう』──と本気で思い込んでいたんだ。

 いやはや、如何いかにも子供らしい発想というか。我ながら昔を思い出して、恥ずかしい気持ちだよ。

 膨大な量のゴミすべてを一晩で片付けようなんて、できっこないのにね。当時はそれを信じられるくらい、純粋だったんだよ。


 見付けたゴミを、手当り次第につかんで、それを砂浜の一番端っこへと運ぶ。あとから来た人が回収しやすいよう、ご丁寧に、浜へ降りる階段の横にね。

 誰も居ない……、夜の砂浜。

 聞こえるのは自分の息遣いと、シャリシャリした足音。それから波の音だけ。ふと見上げた空は散らばる星々と、バナナ色の満月が、えらく綺麗に見えた。ぼくの頬を撫でる潮風が、夜風が、冷んやりしていて妙に清々しい。

 こんなゴミだらけなのに、不思議と開放的な気分だったので、ぼくは一層『やっぱり海はステキだな……』と感動した。

 みるみるうちに、階段の横にはゴミの山ができあがっていて、我ながら頑張ったなと今にして思う。当時のぼくもそんな風に考えていて、あの清々しさには『達成感』も含まれているんじゃあないか──とか、あとから考えた。


 けれどもやっぱり、上手く行くことばっかりじゃなかった。

 ゴミと一口に言ったって、色々種類が有るだろう?

 針金なんかが刺々していて、見るからに触ったら怪我しそうなヤツとか。自転車や、電子レンジなどの家電類なんかも、子供ひとりで運ぶにはちとキツい。

 ──でも、ここまで来たからには最後まで成し遂げたい。

 そういう思いが強かった。子供ってのは負けん気が強いし、無理だと分かったら、なおのこと退こうとはしない。デカいゴミを頑張って、自力で引っ張ったさ。

 大きいと、掘り起こすだけで重労働だからな。砂を掘るってのは、柔らかそうにみえて、実は結構体力が要る。下に行けば硬いし、上は上で、柔らかすぎて直ぐパラパラ流れて戻っちまう。

 パジャマは砂だらけ。爪の中にまでぎっちり土が入ってきて、手の皮膚はところどころ、破けていた気がする。砂まみれでそれも判別つかないほどだった。

 スコップの偉大さを思い知ったよ。

 鬱陶しいことこの上ない。


 手をボロボロの砂塗れにしながら、必死に掘り起こした。

 途中から『デカいのを運ぶのがエラい』とか思ったり、半分宝探し気分になっていたせいで、ぼくは当初の目的を大きく外れて、巨大な獲物ばかりを狙うようになっていた。

 段々慣れてきて、何処らへんにゴミが埋まっていそうか? という嗅覚も研ぎ澄まされていった。

 そうだ。今にして思えば、それがいけなかったんだ。


 ぼくは次なる獲物を求めて、直感に任せ、砂を掘り進めた。

 指先に異物の感触。

 間違いない、次のゴミだ──!

 そう思うと、掘るスピードも自然早くなる。

 しばらく掘り起こしていると、それはどうやらブヨブヨとしていて、何か今までのゴミとは違うらしい。

 何故柔らかいのか? 知りたい、そして邪魔なゴミを片付けたい。

 知りたい。ゴミに強く触れると、柔らかいものの奥に、どうやらゴツゴツした何かが入っているらしい。興味が掻き立てられる。コレは何なんだろう? 知りたい、早く、早く──。

 柔らかい砂が蟻地獄のように、ズルズルと滑り落ちて、手許に舞い戻ってきてしまう。鬱陶しい。ぼくは早くコレの正体を知りたいのに。

 砂塗れで、ボロボロになる自分の手には目もくれず。焦燥しょうそうが更に掘るペースを急かし、徐々にその輪郭がつまびらかとなっていく。

 出てきたそれは──人の親指のように見えた。


 ぎょっとして、思わず飛び退く。

 ──ドサッ。音とともにぼくは尻餅をついた。

 早まっていた鼓動が、血の気と一緒に引いていくのを感じる。

 恐る恐る、自ら掘った穴を見下ろすと、そこにはやっぱり指が在って。

 泥だらけで、砂塗れで、ボロボロになっていて。

 それが頭の中で、自分の指と重なったとき、ぼくは叫んでいた。

 大急ぎで穴を埋め戻し、全速力で家に帰った。

 帰るとぼくが居ないって、みんな大騒ぎしてたっけな。

 戻ってきたのを知るや否や、お袋はぼくを抱き締めたあと、頬にビンタをした。そして泣きながら、説教されたのを憶えてる。忘れるわけもない。

 それから、カンカンに怒ったオヤジにこっぴどく叱られたあと、砂だらけになったパジャマを着替えて、寝た。

 朝起きたらお袋に、改めて「お爺ちゃんお婆ちゃんに謝ろう」って言われて、ふたりで頭を下げに行った。祖父母はニコニコしながら、「海行けんかったんが辛かったんやな。無事ならなんも気にせんでええ」と許してくれた。

 そのとき、お袋はまた泣いていた。

「ごめんなさい、迷惑掛けました」と繰り返し、繰り返し頭を下げているのを見て、ぼくはとんでもないことをしたんだな──と子供ながらに思い、また号泣してしまった。


 それからあの港町には一度も行っていない。

 祖父母とも、それっきり会ってない。

 祖父が中学のころに死んで、独り身になった祖母も昨年死んだから……、もう良いかなって思って話した。


 まあ、そんなところかな。

 ぼくの話はこれでおしまい。

 上手く話せたか分からないけれど──何か、質問とか有る?

 百物語で質問ってのも、なんか変な感じするけれどね。

 



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 市ノ瀬がそう言ったので、俺は「じゃあ、ひとつだけ良い?」と軽く手を挙げてみた。

 他メンバーからの視線が俺に集まる。暗闇の中でも、それが分かった。

 市ノ瀬はこくり頷いた。


「うん、良いけど。何が気になったの?」

「いやさ。細かいことなんだけれど、港町に行かないのは分かるよ? 怖いもん。でも、お爺さんとお婆さんに会わないのはなんでだ? そこが妙に気になって……」


 俺はそこで一旦区切ってから、言葉を続ける。


「だってさ。港町に行かなくとも、親戚の集まりとかで顔合わすだろ。それとも、予定が合わなくって、不幸にも会えずじまい?」

「あー、うん。それはそうだね。──ぼくが避けてたからだよ。祖父母が来そうなイベントは、意図的に駄々こねて休んでたから」


 何故そんなことを……。そんな俺の疑問を先回りするかのように、市ノ瀬は答える。


「さっき、祖父母が笑いながら許してくれたって、言ったでしょ? そのときの祖父母の顔が、なんと言うか、こう──笑ってなかったんだよ。正確に言うと〝眼〟かな」


 まるで優しい祖父母とは別のナニカが、ふたりの瞳の奥にいて、こちらを品定めしているかのような。そんな眼差し。それが妙に印象に残って、頭から離れないそうだ。


「お爺さんやお婆さんを、『祖父母』なんて他人行儀に呼ぶのも、そこが原因か」


「うん」市ノ瀬は再度頷き「その通りだよ」と肯定した。


 ……しかし。そんなことで?

 恐らく市ノ瀬は、それを判断材料に『あの親指と祖父母に、何かしらの関係が有る』と踏んでいるのだろう。だから避けている。

 だがしかし、それは余りにも薄い根拠のように、俺には思えた。

 本当は海に行ったことを怒っていたのだとか──。

 確か冒頭で、父方の祖父母とか言っていた気がするので、母親の教育能力を疑われていたとか──。

 少し考えれば、笑顔が怖い理由なんて沢山見付かる。

 それらに比べ、幾ら強烈な体験をしたあととはいっても、祖父母と親指を結び付けるのは、我田引水がでんいんすいが行き過ぎているような気がしてならない。こじつけのように思えるのだ。


「親指と祖父母を結ぶ根拠が薄いとか、もしかして、そう考えてる?」


 見抜かれてる。さすがは市ノ瀬。

 さっきの話でも──砂浜で埋まっているゴミを探し当てたり、祖父母の笑顔の裏を察したり。こいつは何かと察しが良い。今回の怪談は、それが招いた災いだったが。


「それはええと。だって──」


 市ノ瀬はそこで一息区切ってから、続けた。


「──だって、それだけ汚れてりゃあ、自治体が動いて掃除とかするだろうし。有り得ないでしょ、幾ら何でもそこまで汚れるだなんて」


 それに、と言葉は更に続く。


「そもそも観光客が海に、家電やら自転車やらを捨てますか? って話」


 そう言うと、彼は蝋燭をふぅ──と一本吹き消した。

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