彼女の頭の中はぐちゃぐちゃ

福岡辰弥

彼女の頭の中はぐちゃぐちゃ

 どういう理由で付き合い始めたのか、今となってはもう思い出せない。

 ヤンデレとか、病み系とか、そういう言葉による分類は、少しの可愛らしさと属性的な響きを内包しているけれど、実際に自分の恋人がそう存在になると、とてもじゃないけれど可愛いなんて思えない。ただ普通に、健康的に生きてくれているだけで可愛いのだから、不必要な属性なんて足さないで欲しい。もちろん、そんなことを言ったら暴れ出すから、口が裂けても言えないけれど。

 私は二十五歳で、恋人は三十二歳で。最近、周りの友達が結婚したり、妊娠したりしているとよく聞かされる。けれど、私たちの未来に自然妊娠は有り得ない。女同士なのだから当然だし、それを承知の上で私たちは付き合っているはずなのに、彼女はことある毎に病んでしまう。このままだと結婚もせず、子どもも産まず、婆になるんだと、彼女は泣き喚く。私は疲れる。

 もう頭の中がぐちゃぐちゃになって、どんなことを考えても幸せになる未来が見えなくて、とても悲しい気持ちになるんだと、彼女は言う。私は当然、そんな彼女を慰めていたのだけれど、最近はもう疲れてしまって、彼女に「大丈夫だよ」とは言わなくなった。私が大丈夫じゃないのに、彼女に大丈夫だなんて言えるわけがない。

 ある日、最近私の態度が冷たくなったとか、あなたはまだ若いから実は私の他に付き合っている男がいるんじゃないかとか——彼女は矢継ぎ早にそんなことを言った。私が傷付いて泣き出すと、彼女は謝ってくる。ごめんなさい、頭の中がぐちゃぐちゃになって、本当はそんなこと思ってないのに、なんて言ってくる。そして、でもあなたにも分かる。この頭の中を見せてあげたい、と言った。

 私はもう心の底から疲れてしまっていたので、彼女の望み通り、頭の中を覗いてあげることにした。

 床で砕けた彼女の頭の中は、なるほど、たしかにぐちゃぐちゃだった。

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彼女の頭の中はぐちゃぐちゃ 福岡辰弥 @oieueo

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