愛欲獣-リべディスト-【Case.1】

双瀬桔梗

ごめんね、ホントは愛してた。

 簡素な部屋で一人、こう=ジャスミン=四葉よつばはベッドに横たわる血まみれの女性を、虚ろな目で見下ろしていた。

  ベッドサイドランプの明かりが照らしているのは、噛みつかれたり引き裂かれたりして、ぐちゃぐちゃになった女性の遺体だ。それに手を伸ばした四葉は、噛みちぎった女性の頬に触れた。

 体から生えたつたは四葉に巻き付き、服や髪には女性との血液が飛び散っている。

 四葉はその女性を愛していた。けれど、彼女に愛されてはいない。大切に想ってはくれていた。ただし、幼馴染であり、友人として。だから四葉は自分の想いを隠して、彼女の幸せを祈っていた、一度、死ぬまでは、確かに。

 勢いよく突っ込んできた自動車から女性を助けてた四葉は、壁と車体に挟まれ、死んだ筈だった。だが、致命傷となった部分から、ふちが白い緑の葉がついた蔦が伸び、体に絡みつきながら傷口を塞ぎきると、四葉はまぶたを開いた。

 蘇った四葉は愛しの女性を目にした途端、今まで抑え込んでいた感情が溢れ出した。それと同時に、新たに湧き上がった欲望が混ざり、気持ちがぐちゃぐちゃになる。


 昔からずっと好きだった。誰にも渡したくない。どうしてあの人なんか選んだの? 他の誰かと一緒になるなんて許さない。愛してる。この気持ちを受け取ってよ。

 あぁ、喰べてしまいたい。骨まで全部、欠片すら残さず、平らげてしまおう。


 混濁する意識の中、四葉は女性と瞬時に距離を詰め、拳を突き出す。何が起きたのか、周囲の人間が理解する前に、四葉の腕は女性の腹部を貫いていた。

 女性は目を見開き、血飛沫が夕日に溶けていく。

 どう、して……?

 女性の唇が、そんな風にパクパクと動いた。

 数秒間、静まり返っていたこの場所で、女性の名を叫ぶ、男性の声が響き渡る。それが引き金となり、辺りは騒然とする。

 悲鳴混じりの喧噪など気にせず、四葉はぐったりする女性の体から腕を引き抜くと、担ぎ上げ自宅へ連れ去った。


 抑えられない身勝手な感情と、人間とは思えない身体能力に、戸惑う気持ちも少なからずある。自身が生き返った理由も分からない。それでも四葉は、ただ欲望のまま、想い人の血肉を喰らう行為が止められないのだ。

 ある程度、貪り喰って冷静になったところで、わずかに罪悪感は芽生えた。それも直ぐに、目の前の女性を愛でたい気持ちにすり替わる。頬や頭を撫で、血でベタベタの唇で女性の額に触れる。

 女性に触れながら、冷静な部分でゆったり思考していた四葉はふと、とある話を思い出す。


 重く大きな愛情を抱いていながら、その感情を押し殺した状態で生き続け、想い人を守って死ぬと怪物となって蘇る。怪物……リべディストになった者は、今まで隠していた全ての気持ちが爆発し、最終的には想い人を喰らいたい衝動に駆られてしまう。

 そんなとぎばなしのような話を四葉は学生時代、誰かに聞いた。まさか、自分がその怪物になってしまう程、追いつめられていたとは思っていなかった四葉は自嘲する。けれども直ぐに、そんな事などどうでもよくなり、どこか恍惚とした表情で女性の体に優しく触れながら、再び血肉を貪り出す。

 女性の体に噛みつく度にベッドが軋み、ぐちゃぐちゃと下品な音を立て、咀嚼していく。骨すら噛み砕き、真っ赤に染まったシーツに落ちた欠片も拾って、口に放り込む。

 その時、不意に誰かが四葉の家の玄関扉を蹴破り、階段を駆け上がる足音が聞こえてきた。

 寝室の扉もこじ開けられ、憎しみの表情を浮かべた男性が一人、勢いよく部屋に乗り込んでくる。男性は手に拳銃を持っており、彼は四葉に銃口を向けると、躊躇ためらいなくその引き金を、何度も引いた。弾丸は四葉の頭や胸を貫くが、瞬時に傷口は塞がり、平然とした顔をしている。

 リべディストを殺せるのは、そのに愛されている者だけだ。その言い伝えを知ってか知らずか、四葉は構わず骨を喰べ続け、男性は泣き叫びながら拳銃を撃ち続ける。

 弾丸が尽きるのと、四葉が女性の全てを喰べ終えたのは、ほぼ同時だった。四葉は最後の一口を、男性に見せつけるように頬張り、口の中が空っぽになると妖艶に唇を舐めた。

 男性はその場で泣き崩れ、愛する人の名を大声で叫んだ。

 四葉は満足したような顔で目をつぶり、一筋の涙が落ちると同時に、雪が溶けるように消えてしまった。



【Case.1 終】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

愛欲獣-リべディスト-【Case.1】 双瀬桔梗 @hutasekikyo_mozikaki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ