第5話 ただの門番、輝く
「邪悪な気配を感じるんだが?」
俺がロングソードを抜くと、老婆は笑みをひきつらせる。
「ひひっ……や、やだねえ……。占いの結果が不満なのかい……?」
「誤魔化すな。お前からは『あたいってば邪悪ですよオーラ』を感じる。ただの人間じゃないな」
悪人センサーの精度は優れているわけじゃないが、さすがに濃すぎる。
いつぞやの『迷い狂いの町』にあらわれた煙の魔性ぐらいに濃ゆいのだ。
「邪悪ですよオーラと言われてもねぇ……。アンタの勘違いじゃないか?」
「しらばっくれても構わないぞ。そのまま斬るだけだ」
「ひ、ひひひっ……」
「そもそも……笑い声が怪しすぎるんだよ‼」
と、斬りかかるフリをした。
間違いないとは思うが、これでボロを出すと思ったのだ。
事実、老婆はローブをあっというまに脱ぎ捨てて、民家の壁に貼りついた。
「ひひっ! よくぞ正体を見破ったね!」
老婆はトカゲみたいに壁に貼りつき、俺を見下ろしていた。
いや、もう老婆じゃない。
その姿は全身真っ黒でうっすらと霞んで見える。まるで影が形になったかのようだ。
「影人間⁉」
「影の魔性リスティン! 正体を知ったからには、ここで死んでもらうよ!」
影の魔性リスティンとやらは爪をぎらりと伸ばした。
まずい。だだっ広い草原とかじゃなくて、ここは町だ。戦闘で被害が及ぶかもしれない、もっと広くて誰もいない場所に誘導すべきか?
俺はふりかえるが、通りへの道がなくなっていた。
「道が消えている……⁉」
入ってきた道がないのだ。壁ができている。
まるで最初から道なんてなかったみたいに、俺は路地裏に閉じこめられていた。
周りの民家も移動していて、奴が戦いやすそうな入り組んだ地形になっている。
「ひひっ……! アタシは力のある魔性じゃないが特殊な術を使えるのさ! ちょいと空間をいじるぐらいなんてことないね!」
「つまり、他に誰もやってこないわけか!」
「そうさ! 誰にも知られることはなく、アンタは嬲り殺されるんだよ!」
影の魔性リスティンは爪をぎらりと光らせて、俺に飛びかかってきた。
「苦しんで死ねえい!」
「せやー」
「ぎゃああああああ⁉」
周りを気にせず戦えるのは楽だなー。めちゃ都合がいい。
しかしサックリと斬ったはずだが、影の魔性と名乗るだけあって手応えが無形系モンスターだな。致命傷じゃないっぽい。
影の魔性リスティンは地面でのたうち回っていた。
「バ、バカな⁉ 影のアタシを斬れるはずがない……!」
「無形系はホント防御が雑だな……。早く終わるからいいんだけどさ」
俺がロングソードをゆったりと構える。
「チッ……! ただのアホウじゃないってわけか!」
「誰がアホウだ! 天然とは言われることはあるけど……って、あ⁉」
影の魔性リスティンは、路地裏の影にとぷんと潜りこんだ。
……気配は感じる。影を水中のように移動できるみたいだ。
高速移動しているようで正確な位置がわかりづらい。
『ひひっ! アンタが何者であろうと嬲り殺すのには変わりないさね!』
ビュンッと、鋭利な爪が屋根の影から飛んできた。
俺は斬り落とすが、すぐにゴミ捨て場の影から新しい爪が飛んでくる。
ビュンビュンッと単発的に、または連続で爪が襲いかかってきた。
「たしかに火力はないみたいだな……!」
自分の得意なフィールドで持久戦に持ちこんだようだ。
ちょいと厄介だな。
「影の魔性だかなんだか知らないけどさ! あれだけ占いが得意なら人間社会でうまくやっていけるだろ! 人間と仲良くしてみなって!」
『だからアンタはアホウなんだ!』
「ア、アホじゃないっての‼」
『アタシの占いが本物なわけあるかい! アンタのアホ面と貧相な身なりをみれば、しょぼい人生なのはわかるもんさね!』
「えっ⁉⁉⁉」
本物の占いじゃなかったの???
老婆の正体よりずっとずっとショックを受けつつ、飛んできた爪は弾いておく。
「だ、だったら館だとか黄金だとか嘘かよ⁉」
『ふんっ、館に
「贄……? 儀式でもする気か⁉」
『そうさね! アンタのようなアホウを館に集めて、外界とは隔絶させる! そして悪意にあふれた館で地獄を体験してもらうのさ! 人間同士の殺し合いをなああ!』
俺は背後から飛んできた爪を斬りながら言い返す。
「館に閉じこめられたぐらいで殺し合いが起きるものか!」
『起こるさ! アタシがそうなるように仕向けるからね!』
影の魔性リスティンの嬉しそうな声がひびく。
『人間どもの不安をあおって第一の殺人事件を起こす! 被害者は
「それぐらいで人を疑うものか!」
『あーっはははっ! 人間なんてのは疑い深い生き物だよ! それにアタシは館に悪意たっぷりの罠を仕掛ける! 絶対にお互いを疑うようになるさ!』
爪がばびゅんばびゅんと飛んでくる。
俺はザクザク斬りながら、悪意まみれの声を聞いていた。
『ひひっ! 疑心暗鬼になった人間どもは身を守るために武器を手にする……! それが殺し合いの合図だともわからずにね!』
「そううまくことが運ぶかよ!」
『なるさ! そして、最後には誰もいなくなる!』
爪の嵐が俺に襲いかかってきた。
『館にみちた悪意で儀式は完成して、アタシは完全なる魔性となるのさ!』
ずいぶんと気分よく話しているな。
ま、影にいれば絶対に倒されないと高を括っているのだろう。ちょっとコツはあるが対処はできるのにさ。
俺はロングソードをふるい、爪の嵐をまとめて斬り落としてから叫ぶ。
「今日をトキめくことで明日キラめく‼‼‼」
青春真っただ中な台詞に、とびきりスマイルを決める。
俺を中心にまばゆい光が放たれる。周囲をべかーーーっと照らしつけ、影という影を塗りつぶしていった。
すると、俺の影から魔性がスポーンと飛び出てきた。
「びゃ⁉ ぎいいいいいいいい⁉⁉⁉」
姿をあらわした魔性をザックリと斬っておく。
奴は地面で苦しそうに悶えながら、ひどく動揺していた。
「な、なんだなんだ⁉ い、い、今のは魔術か⁉」
「魔術じゃない。技術だ」
「技術なわけがないだろ⁉⁉⁉」
そんなこと言われても技術なわけで。
青春真っただ中な台詞を笑顔で放つことで、人はキラメキ輝けるのだ。
まあコツがいるのは認める。サクラノにも教えたのだが『師匠! 無理です!』と言われていた。年頃だから恥ずかしいのだろう。
恥ずかしい台詞は、案外大人になってからのほうが言えるものだ。
「ア、アンタ、本当に人間かい……?」
……恥ずかしい台詞を言って、光ったぐらいで人外扱いかい。
影の魔性リスティンの全身から黒い煙がたちこめている。消滅寸前のようだ。
「い、いやだ……アタシの計画が……完全なる魔性になるはずだったのに……」
「俺じゃなく、自分の未来を占うべきだったな」
「も、もうすぐで……最高の
影の魔性は無念そうに叫び、そうして消滅した。
……念入りに気配を探ってみたが、大丈夫だな。
なにか企んでいたみたいだし、早めに倒せてよかった。さーて街の警備か冒険者ギルドに報告……ああ、でも悪意がどーの言っていたな。
いや占い師は嘘だったわけだし、奴の計画どーのは話半分でいいのか?
どうにも魔性の言葉は信用ならない。雑魚なのは間違いないし、ひとしれず倒したことにしておくか。
路地裏の様子も戻っているな。仲間と一度合流するか。
そうして通りへ戻ろうとしたのだが、大きな角の女の子が立ちふさがっていた。
「――見つけた。こんなところにいたんだ。さあ宿敵、ボクと戦うんだ」
クオンだ。今の戦いは見ていなかったらしい。
彼女は出会って以来、俺たちを健気に追いかけてくる。光と闇のこじらせプレイをいまだ要求してくるあたり、相当のこじらせさんだ。
旅慣れしているしようだし戦えるから一人にさせても心配はしていないが。
「クオンとは戦わない。戦う理由がまったくないしな」
「光と闇は戦う運命にある。ボクからは逃げることはできないよ」
これだもんな。俺、光要素なんてまったくないぞ。
ココリコも『好きでこじらせたわけではありません。生きざまです』と言っていたし、もう性分なんだろう。
「本気で戦うつもりなんだろう?」
「当たり前だ。どちらかが死ぬまで、ボクたちの戦いは終わらない」
ううむ……本気度は感じるが。
どうしたものか悩んでいると、クオンがまっすぐに見つめてくる。
「この町は悪意の残滓がただよっている……。ボクがいることで刺激されて、とんでもない結末を迎えるかもしれないよ」
「悪意ね……」
怪しそうな奴はいたが、もう倒したしな。
「ねえ……人間同士が殺し合う、そんな地獄を見たくないよね」
脅し文句のように言ってきたクオンに、俺はきっぱりと返しておく。
「そうならないさ」
「……君はまだ本当の悪意を知らない。そのときがきたら後悔するよ」
そう言って、クオンは人でにぎわう通りをぼんやりと見つめていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます