第42話 ただの門番、これまでを想う

 俺は冷たい水を飲みながら、部屋で気分を落ち着かせていた。


「ふう……」


 まだ顔が熱い。

 手にも爆乳の感触が残っている。

 ハミィは早々と出て行ったので、ろくに会話できなかったが、あとでまともに顔を合わせる自信がないな……。


 だが、術の正体をつかんだ気がする。


 消極的なハミィの様子がおかしかった。

 俺もハミィの爆乳に夢中になっていた。


 ここに、ヒントがあると思う。


 エロ方面かなとも思うが、しかし術者が俺たちをエロ方面に陥れる理由がわからない。


 俺は考えこんだが、そう簡単に答えはでなかった。


 ただ、次は大丈夫じゃないかなとも思う。


 順番的に次はサクラノだ。

 サクラノは美少女だ。

 可愛い女の子なのはよく知っている。


 だが、それと同時に荒ぶる者とも知っている。

 出会ったときにまず斬りかかられたし、強敵ともなれば首を落としにかかるし、興奮して瞳が紅くなればひたすらに暴れ続ける。


 宣言しよう。

 なにかしらの術があろうと、【

 紛いなりにも俺は師匠であるかぎり、絶対だ!


 俺は平静を取りもどすと、足音が聞こえてくる。

 そして、勢いよくフスマがひらかれた。


「師匠ー! お呼びですかー!」

「――――」


 サクラノは変わった服を着ていた。

 着物に似ているがちょっと違くて、もっと着やすそうなものだ。


「? 師匠どうしました?」

「いや服が……」

「これは浴衣ですねっ。部屋に備えつけてあったので着てみましたっ」


 サクラノはくるりと回って見せる。

 黒髪と淡い色がよく似あっていて、可愛さが増していた。


「師匠、どーでしょう? 案外似合っていると思うのですが」

「あ、ああ……すごく似合っているよ」

「ほんとですかー? 可愛かったりします?」


 サクラノがお気楽にたずねてきた。


「…………すごく可愛い」

「へっ?」


 サクラノの頬がボッと赤くなった。

 女の子らしい反応に俺がドキドキしていると、サクラノが恥ずかしそうに歩みよってきて、俺の前ですとんと座る。


 サクラノはちょっと言いづらそうにたずねてきた。


「し、師匠! その……ですね! メメナやハミィとは……もういいのですか?」

「もう? まだ探っている最中だが?」


 もしかして、サクラノもなにか気づいている?


「? なにをでしょうか」

「なにをって……そりゃ敵の策略だよ」


 俺は小声で言った。


「……なにかまた勘違いをしたのですね。やっぱり」


 サクラノは納得したようにうなずいた。

 俺がしょっちゅう勘違いしているよーな言い方だな。


 この様子だとなにも知らないようだ。


 俺が冷たい水を飲むと、サクラノもキュウスなるものからお茶を淹れて、ゆっくりと飲んでいる。


 しばし、無言の時間が流れた。

 お互いに緊張感とか全然なくて、そよそよした風を受けながらのゆったりした間。


 ……サクラノとは、一番旅を共にしているんだよな。

 急に無言になっても全然苦じゃない。


 俺がそう思っていると、サクラノがうへへーと頬をゆるました。


「どうしたんだ、サクラノ?」

「師匠と二人きりになるのは久々だなと思いまして」


 可愛げのある言葉に、俺は慌てて水を飲む。

 似たようなことを考えていたんだなと、頬が熱くなった。


「……そ、そーだな」

「仲間との旅も悪くないのですが。

 ふふっ……以前のわたしからは考えられないことです」


 サクラノはそう言って微笑むが、どこか寂しげだ。

 俺は、少し気になっていたことをたずねた。


「なあサクラノ……稀血ってなんだ?」

「……」

「言いにくいならそれで良いんだ。忘れてくれ」

「そうですね……師匠には知って欲しいことですし……」


 サクラノはユノミなるものをテーブルにこてんと置き、それから居住まいを正した。

 俺も正座になる。


「狡嚙流は、倭族でも武闘派の集団でして」


 それはサクラノを見ていればよくわかるな。


「……強さを保つために、血を濃くするのです」

「血を濃く?」

「強者の血。特殊な才をもった血……それらとの交配ですね。

 それも戦闘に秀でた者ばかり。

 狡噛流がその中で重要視していたものは……気性です」


 サクラノは右目を手で隠した。


「いかに強くあっても臆病者であれば戦えません。死地においても臆せさない気性が必要なのです。

 そうして、血の気が多い者ばかりと交配しつづけた結果、狡噛流はその身に羅刹をやどす技を身に着けることができました」

「サクラノの紅くなる瞳は……その交配のせいか」

「ええ、わたしは特に血が濃いらしくて……」


 サクラノはちょっと眉をひそめた。


 ……闘犬によく似ている。

 気性の荒い犬同士を交配しつづけて、戦うことに特化した犬。


 サクラノはそれだと言っている。


「わたし、一度血が昂るとなかなか興奮がおさまらなくて……。

 敵にはついつい過剰なまでの攻撃性がでてしまいます。噛み癖みたいなものですね」


 自覚はあったみたいだ。


「……とまあ、わたしは狡噛流でも扱いづらい子だったので末席扱いなわけで。

 腕試しの旅をしながら、己を律するすべも探していましたが……ダメでした」


 サクラノはちょっと困ったように笑った。

 それから、感慨深そうにつぶやく。


「だから……こうして、仲間との旅なんて考えられませんでした」

「……うん」

「……師匠。

 メメナは、こんなわたしにも母親のように優しくしてくれます。

 ハミィは、わたしを友だちと言ってくれたのです」


 サクラノの声は戸惑っていたが、嬉しそうに微笑んでいる。

 彼女の旅は出会いに恵まれたようだ。


「そして、師匠に出会えました」


 俺なんてたいしたことないぞ。

 そう言おうとしたが、サクラノの真剣な表情を、俺は黙って受けとめる。


「師匠が、わたしの師匠でいてくれたおかげです」


 ありがとうございます。

 そんな風に感謝の笑みを向けるものだから、俺も素直に告白することにした。


「俺も、サクラノが弟子になってくれて良かったよ」

「え? わ、わたし、けっこー迷惑かけてません?」

「……まあ戸惑うことは多いかな」


 恐縮そうに背中を丸めたサクラノに、俺は告げる。


「…………俺さ。サクラノと出会ったとき、仕事でトラブルを起こして……かなり凹んでいたんだ。

 自分の居場所を失って……お先真っ暗だとも思っていた」

「……」

「そんなとき、血の気の多い女の子に出会ったもんだから……そりゃあ戸惑ったよ」


 でも、と俺はつづける。


「そんなサクラノがいたからこそ、俺もずっと落ちこまずにすんで。

 勇敢なサクラノがいてくれたから、俺も勇気をだすことができて。

 サクラノが弟子でいてくれたから……俺も師匠らしくいようと、きちんと立つことができたんだ」


 俺は深々と頭を下げる。


「ありがとう、サクラノ」

「そ、そんな⁉ わ、わたしなんかに頭を下げるなんて!

 師匠! 顔をあげてください!」


 サクラノが慌てて言うので、俺は顔をあげる。

 サクラノは申し訳なさそうな顔でいたが、俺が微笑むと、自然と笑い返してくれた。


「……わたし、まだまだ迷惑をかけちゃいますが。お側にいてよいですか?」

「いたらない師匠だけど、よろしくしてくれると嬉しい」


 俺とサクラノは、どちらからともなく笑いあった。


 なんだろこれ。

 すごく気持ちが穏やかになるってーか、幸せな気分だ。

 サクラノもいつも以上に可愛い女の子に見えて、なんだか愛おしい――


「ところで師匠。わたしに大事な用事とは?」


 そうだったそうだった。術を探らなければいけないんだった。

 メメナがそれとなく伝えてくれているんだよな。


 俺はまっすぐにサクラノを見つめる。


「サクラノ、俺と一緒に温泉にはいろうか」


 俺はまた、このうえなく良い声で言った。

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