第40話 ただの門番、未来を想う

 温泉からでた俺は、部屋で一人お茶を飲んでいた。


 メメナは先にあがり、サクラノとハミィを順番ずつ呼ぶと言った。

 ついでに、こうも小声で説明してくれた。


『兄様の推察どおり、なにかしらの術がかけれているのはたしかじゃ』

『? 俺たちの意識に働きかける術じゃないのか?』

『それは術の指向性じゃな。術の本質ではない』

『えっと……?』

『本質とは、術で成しえる目的じゃ。

 なぜかけたのか、かけたうえでどうなるのか。

 解呪するためにはそれらを探る必要がある。でなければ術者は見つからん』


 つまり、術の目的か。


『兄様は女神の発言が気にかかっておるのだろう?』

『あ、ああ……。この部屋で泊まらせる理由があると思う』

『ワシも同意見じゃ。今から二人を呼んでくるが、この部屋で彼女らがいったいどんな反応を示すのか、兄様にはじっくりと観察して欲しい』

『……やはり温泉が怪しいか?』

『うむ。温泉には必ず一緒に入るよーに♪ 

 もし彼女たちが変わった反応を示せば、術が働いている証かもしれぬ。

 そーなったら彼女たちになにがしたいかを聞いたりして、ガンガン攻めるんじゃぞ。ためらってはいかんぞ』

『お、おう……』

『兄様にも術の影響があるかもしれんが、そのときは心の声に従うんじゃよ』


 すべては術を探るためにと、メメナは言った。


『がんばるよ、メメナ』

『うむうむ、これでみなの関係が深まるというものよのう。

 二人には、ワシからも兄様からに、それとなく言っておくのでな♪』


 メメナはすっごく面白いことになりそーといった感じで微笑んだ。


 いや、邪推だな。

 俺たち全員をエッチで爛れた関係にしたいだなんて、幼い少女が思うはずがない。


 俺はメメナの言葉を信じて、術の目的を探るだけだ。


 すると、か細い声が聞こえてくる。


「……先輩」


 ハミィだ。

 フスマの向こうから聞こえてきた。


「はいっておいでよ、ハミィ」

「………………で、でもぅ。ハミィなんかがハミィなんかが」


 なにか遠慮しているようだ。


「どうしたんだ?」

「だ、第一婦人をさしおいて……ハミィが愛人ご奉仕プレイだなんて……」

「待て待て待て待て⁉」


 俺が慌ててツッコミをいれると、フスマの向こうで小さな悲鳴が聞こえた。

 俺はこほんと咳払いして、落ち着いた声で話しかける。


「俺に妻だなんていないよ」

「で、でも……メメナちゃんが、サクラノちゃんは第一婦人だって……」


 ……第二婦人はメメナだろうか。

 なにを考えているんだ。これも解呪のためなのか?


「きっと言葉のあやだよ」

「……ホント?」

「ホントのホント」

「……」

「それにハミィたちは妻とかじゃなくてさ。大事な仲間だよ」


 フスマがすすーっとひらかれる。

 控えめに微笑むハミィが、顔を見せてくれた。


「ハ、ハミィは大事な仲間なんだ……」


 ハミィは背中を丸めながらやってきて、俺とちょっと離れた場所でちょこんと座る。

 俺の近くに寄るのは嫌なのかな?


「え、えへへ……ハミィが仲間……」


 気恥ずかしいだけなのかもしれない。


「……パーティーを組むことはなかったのか?

 ダビン共和国はダンジョン攻略が盛んだろう」

「ハミィの町は探窟メインだから……。

 たまに湧くモンスターを攻略するだけ、かな」


 ダンジョンはモンスターが湧くだけでなく、素材も豊富だ。


 特に、鉱山で魔素溜まりが発生してダンジョン化した場合、珍しい鉱石素材が集まる。

 大荒野は天然資源が豊富なだけあり、ダンジョンコアを破壊せずにそのままにして、採掘・採集をメインとしていたらしい。


 ただ、ほうっておくとモンスターが湧くので管理は必要だ。


「ハ、ハミィも、みんなとモンスターを狩ることがあったけれど……。

 全員で一斉に襲いかかるみたいな感じだったわ……。

 だからパーティー戦みたいな感じじゃなくて……」


 モンスター討伐というより、山の獣狩りに近い感覚か。

 俺も故郷でよくやったなあ。


「だ、だからね……みんなとああして、戦うのは初めてで……。

 う、嬉しいの。自分の世界が広がったみたいで、狭い世界に気づかされた」

「ハミィ……」

「せ、先輩のおかげだね」


 前髪に隠れていたハミィの瞳があまりにまっすぐで、俺の心をゆさぶる。


 ……思えば、キッカケは追放だったが、ダビン共和国に行くなんてちょっと前の俺には選択肢になかった。


「俺もなんだ」

「先輩?」

「俺も……みんなと知り合って、初めて世界は広いんだって感じたよ」

「……ホントに?」

「ああ、パーティー戦だって最近体験したばかりだ」


 王都の下水道で、ソロで雑魚ばかり狩っていた。


 最初はホントになにもわからず苦労したものだ。

 今思えば、素直に同僚に手伝って欲しいと言えばよかったかもしれない。下っ端の仕事を苦労している姿を誰かに見られたくなくて、プライドが勝っていた。


 その頃からすれば誰かと一緒に戦うなんて考えられないことだ。

 ハミィに言われ、俺も自分の世界が広がっていたことに気づく。


「ハミィのおかげだね」

「そ、そんな……。ハ、ハミィなんて……ハミィなんて……たいそうなことは~……」


 ハミィは顔を赤くしながら目を伏せた。


 卑屈になったのじゃなくて、照れたのだと思いたい。

 俺は苦笑しながら、ちょっと言いかえた。


「みんなのおかげかな」


 ハミィは顔をあげて、にっこりと微笑む。


「う、うん……っ。サクラノちゃんも、メメナちゃんもとっても優しいの……。

 このままみんなとの旅がつづけばいいのにな……」


 そう言われ、俺は固まった。


 ボロロ村に帰還したあと、もし門番をクビになっていなければ仕事をつづけたい。

 つづけたいが……その場合、みんなと離れることになるだろう。


 サクラノは修行の旅。

 メメナは外遊。

 ハミィも自分磨き。


 3人共、1か所に留まる理由はない。


 そうなったら俺は……。


「え、えへへ……」


 と、ハミィが座りながらつつつと近づいてくる。

 俺の近くによるなり、控えめに微笑んだ。


「先輩……それで、ハミィに大事な用事って?」


 そうだったそうだった。

 術を探らなければいけないんだった。


 メメナが変なお願いがあっても従うようそれとなく伝えてくれているんだよな。

 俺はまっすぐにハミィを見つめる。


「ハミィ。俺と一緒に温泉にはいろうか」


 俺はこのうえなく良い声で言った。

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