第20話 ただの門番、エルフの森で防衛戦をする(エルフ視点)

 モルルは白銀の剣を、骸骨隊長ボーンキャプテンにふるう。

 ゴリッと鈍い音を出しながら倒してみせるが、その呼吸は荒い。

 彼は疲労困憊だった。


「はあ……っ! はあ……っ! 次!」


 大樹の麓では、何百ものエルフたちが骸骨の群れと激闘を繰り広げていた。


 骸骨戦士ボーンウォーリアなら一対一でもなんとかなる。

 しかし骸骨隊長ボーンキャプテンでは、モルルでもタイマンがキツい。


 さらに骸骨速馬ボーンタロス骸骨巨人ボーンジャイアントともなれば、エルフが十数人がかりで戦わなければいけない相手だ。


 その強敵が、チラホラと沸いてくる。

 モルルの剣を握る力が、だんだんと弱くなってきた。


「――光陰傘下アローダウン!」


 光の矢が、空中から散弾のようにはなたれた。


 メメナだ。


 小弓を手に、戦場を妖精のように飛び跳ねている。

 おさの華麗な活躍に、疲れていたエルフが活気づく。


「さすがメメナ様だ!」

「我らの長! 我らの導き手!」

「みんな! メメナ様につづけえええ!」


 メメナは疲れなんかないといった様子で微笑んでいる。


 立派な長だ。あまりにも立派すぎるぐらいだ。

 モルルは、母の活躍を快く思っていなかった。


(……あまり無理しないでくれよ! 母様かあさま!)


 昔からメメナは、なんでもかんでも一人で背負う癖があった。

 長としては立派だと思うが、モルルは息子として心配でたまらない。


 精霊王のために深淵の森に還るという話も、モルルは大反対だった。


『ボクが精霊王様のもとに行くよ』


 そう提案したモルルを、メメナはこっぴどく叱った。

 悪戯をしても優しかった母に、それはもう叱られた。


『モルル。親の権利を奪わんでおくれ』


 そう優しく諭されてしまい、モルルは母の決意の固さを知る。


 だからこそ儀式が終わるときまで、母の好きにさせようと考えていた。

 妙な人間たちがやってきて、こっちの情緒はぶち壊しにされたが。


(……あの人間め。ビビットの森の門番だから、か)


 モルルは骸骨と戦いながら苦笑した。


 見ず知らずの人間が村を捨てろと言わず、むしろ守ってくれると言ったのだ。

 なにも思わないわけがない。


 エルフ……特にビビット族は生きるため、成長するために、魔素まそが必要だ。


 火・水・風といった世界を司る自然元素エレメンタル

 そのなかで、魔素は特殊な元素だ。

 魔術のもとであり、モンスターの生命力であり、ビビット族の糧でもある魔素は、独自で創り出すことが難しい。


 ゆえに深淵の森近くで住む必要がある。

 深淵の森には魔素溜まりがあるからだ。


 ただ、魔素溜まりはモンスターも集まりやすい。

 だからこそ精霊王の庇護は必要だった。


 ほんの昔、モルルが生まれる前のこと。

 あの横暴な精霊王と、ちょっと関係が悪化した時期があったらしいが、そのあいだは幼いメメナが率先して村を守ったと聞いている。


 そのときメメナは魔素を使いすぎて、成長が止まってしまった。

 あの幼い身体は村の誇りでもあるが、犠牲の証でもあるのだ。


(もう母様に犠牲は強いれない……! 誰も犠牲にさせるものか……!)


 モルルは裂帛の気合で、剣をふるう。

 その気迫に、エルフたちが彼を中心に集まりつつあった。


 次期族長としての器が覚醒しつつあったのだ。


 事実、大樹の麓に集まっていた骸骨モンスターは、モルルの指揮のもとで駆逐できた。


 しかし。


「モルル様!」


 槍を手にしたエルフが駆け寄ってくる。

 モルルは荒い息を懸命にこらえながら冷静に応じた。


「どうした? 新手か?」

「……骸骨王ボーンキングがあらわれたと報告があがりました!」


 モルルは絶句した。


 これだけの骸骨軍団だ。指揮をする、骸骨王ボーンキングがいて当然。

 精霊王の庇護下にいたせいで甘えがあった。考えが至らなかった。


 いったいこれから何十人のエルフが犠牲になるのかと、モルルは戦慄した。


「……骸骨王ボーンキングはどこにいる?」

「そ、それが……あの人間たち近くに……」


 モルルは苦悶に顔をゆがめた。


 いかにあの男が強かろうが、ただの人間が骸骨王ボーンキングにかなうわけがない。

 今頃はただの屍となり、骸骨王ボーンキングの部下になっているかもしれない。


 戦いが終わったあとは、大事な客人として歓迎会をひらくつもりだったのに、モルルは無念にさいなまされた。


 すると。


「モルル! ここは任せるぞ!」


 メメナが駆けて行こうとした。 


「母様⁉ どこに行かれるのですか⁉」

「決まっておろう! あやつらを助けねば!」

「け、けれど、彼らはもう……」

「ここで諦めてたまるものか! 今がワシ……いいや、我らのふんばりどきぞ!」


 母の言葉に、モルルは気づかされた。


 そうだ。諦めてたまるものか。

 犠牲を出さないと決めたじゃないかと、全員に指示を飛ばす。


「各自、武器をたしかめろ! 戦える者は今すぐ骸骨王ボーンキングの討伐に――」


 そのときだ。


 おーいおーい、と門番の声が聞こえてくる。


 モモルたちは呆気にとられた。

 だって門番とサクラノが元気な姿で、モルルたちのもとにやってきたのだ。


 めちゃくちゃ無事な二人に、モルルもメメナも完全に言葉を失ってしまう。


 当の門番は、大慌てでモルルにたずねてくる。


「モンスターの主力は⁉」


 主力。なんのことだろうか。

 モルルは混乱しながらもなんとか答える。


「あ、ああ……、ボクたちが全部倒したよ……」

「なっ⁉ 全部倒したのか⁉

 す、すごいな……さすがエルフの精鋭部隊だ……」


 門番は感心したような瞳を向けてくる。

 なんだかよくわからないが、とにかく人間たちは無事のようだ。


「に、人間……。お、お前たちのほうは……大丈夫だったのか?」

「ん? 俺たちのほう?」

「強いモンスターがいただろう?」

「いや雑魚だったよ」

「……雑魚?」

「ああ、雑魚だった。ほんと、エルフのみんなが無事で良かったよ」


 骸骨王ボーンキングが雑魚なわけがないのに、笑顔で雑魚と言いきった。


 こんな、このような、人間がいるのか。

 エルフの村を守り、エルフを気遣う。もしかして自分たちを不安にさせないためなのか、骸骨王ボーンキングを笑顔で雑魚と呼ぶなんて。


 モルルは生まれて初めて人間に感銘をうけた。


「盟友……君ってぇやつは‼‼‼」


 押しよせる感動に包まれて、モルルは思わず叫んでいた。

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