【KAC20233】春の嵐かもしれない

天鳥そら

第1話トキメキは大切に

 失恋した!失恋した!失恋した!


「腹立つーっ!」


 去年の秋から付き合っていたクラスメート男子と、一週間前、きっぱりすっきりお別れしました。花の高校1年生、これから花が咲く季節だというのに、先にはかなく散っていきました。


 その理由が、俺、中身のない女の子と付き合うのは、ヤなんだよねって話。そういうお前は、中身あるのかよと言い返せず、言われれるままに別れを受け入れてしまった。


 思えば、勝手な男だった。きかっけは向こうからの告白だった。初めての彼氏で舞い上がっていたせいもあるけど、アイツの言うがままに付き合っていた節がある。嫌われたくなくて、好かれたくて、同調しすぎてたかもしれない。


「うまくいってると思ってたんだけどな~」


 学校帰りのバス停前、近くの本屋さんや駅前から持ってきた、カルチャーセンターや美容関連のフリーペーパー、おいしいお菓子やお料理の食べ放題チラシを胸に抱きしめる。


 すらっとした体格の子が好きだって聞いたから、甘いもの控えるようにした。冬に誘われたクリスマスバイキングもキャンセルした。


 フリルでひらひらした服の女の子をカワイイって言ってたから、奮発して買った服は、これからクローゼットにお蔵入りだ。見たくも着たくもない。


 室内で遊ぶのが好きだっていうから、休日はアウトドアよりもインドアの遊びを重視した。


 何もかも合わせてたってわけじゃないけど、多少、無理していたのかもしれない。


「なんっつーか、みじめだ」


 ため息をついて、胸に抱きしめていたフリーペーパーを眺める。もう、アイツのこと気にしなくていいと思ったら、むしゃくしゃして、今まで我慢していたことをいっきにやることにした。


 ヨガでもやってみようか、登山をしようか、ロッククライミングとか?親には反対されているけど、ダイビングの資格を取るのもいいかも。他にはどうしよう。アロマオイル買ってみようかな。


 今の自分を変えたい。過去の自分をかなぐり捨てたい。何かやりたいというよりも、過去に気持ちが引きずられたくなかった。


「あれこれやりたいことあるけど。どうしよう。欲張り過ぎかな」


「それじゃあ、全部、やればいいじゃん」


 低い声が隣から聞こえて心臓が跳ねる。自分だけだと思っていたバス停には、学ランを着た男子がひとりいた。いつからいたんだろう。ちっとも気づかなかった。


「えーっと、あの……」


 突然、話しかけられた挙動不審になる私に、男子はくすくすと笑った。色白の肌に、さらさらの黒髪。瞳は真っ黒だった。嫌になるくらいきれいな顔立ち。


「あのさ、心の声、口から出てるよ」


 ぎょっとした。どこから聞いていたんだろうか。いや、それよりも、どんだけ私はひとりでくっちゃべってたんだろう。


「それは、見ず知らずなの方に、うるさくして申し訳ない」


 嫌になるくらいきれいな顔立ちの男子が噴いた。おなかを抱えてゲラゲラと笑いはじめる。私の顔は、ゆでだこのように真っ赤に染まる。


「あの、その、ごめんなさい。私、何かおかしなこと言った?」


「毎日、一緒のバスに乗ってるじゃん。まあ、朝は毎日一緒だけど、夕方は別々のことが多いか。全然、気づいていなかったんだね」


「えーっと。そうですか」


「そうですよ」


 笑いがおさまったところで、バスがやってきた。他に乗る人はいない。私と彼の二人だけだった。


「楽しそうだと思うこと、いろいろやってみたら?せっかく春になるんだしさ。ちょうどいいじゃん」


「あの、ありがとう」


「うんうん。それじゃあ、見ず知らずじゃなくなったってことで、これからは、挨拶ぐらいしようぜ」


「あ、あいさつ?なんで?」


 それまで機嫌よく話していた彼が急に押し黙る。バスが着いて扉が開いた。


「そっちが嫌なら別にいいよ」


 すねたようにぷいっとそっぽを向いて、さっさとバスに乗り込む。私は反応に困って立ち尽くす。


 どういうことだろう。どういうことだろう。


 ほっけきょう、ほっけっきょ。なめらかじゃないウグイスの鳴き声が届く。頬をかすめる風はまだ冷たい。


 ドキドキする胸をおさえて、私は置いてかれまいと慌ててバスに飛び乗った。



 


 

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