ぐちゃぐちゃオムレツ

タヌキング

スクランブルエッグ?いえオムレツです

私の名前は沙奈子(さなこ)。何処にでもいる平凡な主婦である。掃除も洗濯も得意なんだけど、実は料理だけは苦手である。


「美味しいね。沙奈子のスクランブルエッグ。」


「う、うん、私が唯一作れる料理だからね。」


夫はニコニコしながら食べてくれるが、実はこのスクラブルエッグ、元はオムレツを作ろうとして出来た産物なのである。

どういうわけか、作ってる間にぐちゃぐちゃになってしまうのだ。

料理は愛情という言葉があるが、やはりある程度の腕前は必要なのである。


「どうしたの沙奈子?一緒に食べようよ、スクランブルエッグ。」


グサッ、夫の高雄(たかお)の言葉はいつも優しいが、時としてそれが私を傷つける。

いつも料理は高雄が作ってくれて美味しいのだが、私にも女としてのプライドがある。

今に見ておれ、いつか完璧なオムレツを作ってやるんだから。


〜70年後〜


私達夫婦は幸せな結婚生活を送った。子供は男の子と女の子を二人授かり、孫と曾孫まで沢山出来て本当に賑やかで温かい家族を作れた。

楽しいことも辛いことも同じぐらいあったけど、夫の高雄と一緒に乗り越えてきた。思い出はいつも煌めいていて、色褪せることはない。

だがそんな日々も、もう終わりを迎える。

高雄が末期の肺ガンになり、もう抗がん剤治療もやめて、実家で在宅治療をしながら、二人っきりで穏やかな日々を過ごしている。


「なぁ、沙奈子。スクランブルエッグを作ってくれないか?」


「えっ?」


70年間、何度も何度も試行錯誤を繰り返して、私はオムレツに何百とトライした。しかし、その度にことごとく失敗をして不本意ながらのスクランブルエッグを作り続けた。

これが最後のチャンスかもしれない。私の闘志がメラメラ燃えた。


その結果‥‥出来たのはスクランブルエッグだった。

最後の最後までオムレツ一つ出来ないなんて、我ながら自分が嫌になる。


「美味しい、本当に美味しいよ。」


美味しそうにスクランブルエッグ食べる高雄。きっと流動食が多かったから美味しく感じるだけである。あぁ、不甲斐ない。


「本当に美味しい‥‥このオムレツ。」


「そんなに美味しくないわよ‥‥えっ?」


夫の声に耳を疑う私。今なんて言ったの?


「だからこのオムレツ美味しいねって言ったんだよ。僕の大好物だ。」


「気づいてたの?」


「僕は君の旦那様だよ。それにスクランブルエッグにバターが入ってるのは可笑しいだろ?」


悪戯っ子のように笑う高雄。私は70年間私を騙し続けた愛しの旦那様のことが愛おしくて、私は涙を流しながら彼を抱きしめた。


不出来な、ぐちゃぐちゃなオムレツが、私にとって掛け替えのない料理に変わった瞬間だった。

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