マヤを描くレン

 次の休日までに、レンは少ない貯金で真っ白いカンバスと新しい絵の具を手に入れた。力持ちの同僚に座り心地の良い椅子を譲ってもらった。部屋を掃除して、窓を拭き、明るい雰囲気になるように飾り付けた。

 休日にマヤはセバスと一緒にレンの部屋へ来た。

「こんにちは、今日はよろしくお願いいたしますわ!」

「ねぇレン、今日はどれ位の時間を掛ける予定なの?」

「マヤさんの持久力を考えて、三時間位ですかね」

「わかったわ、セバス! あなたは車で待っていて下さい」

「三時間経ったら、迎えに来て下さいね」

「わかりました、お嬢様!」

「もしもの時は、窓を開けて叫んで下さい、すぐに助けに参ります」

「大丈夫よ、そんな事にはならないわ」

 クスクスと笑ってマヤは、セバスをドアの外へ押し出し、ドアを閉めて鍵をかけた。

「この部屋、前より明るくて綺麗になったわね」

「ありがとうございます」

「何処へ座れば良いの?」

「この大きな椅子に座って下さい」

「結構座り心地が良くって、素敵だわ」

「この椅子、高かったでしょ?」

「いいえ、工場に捨てられた物でボクが綺麗に拭いて清掃しました」

「まぁ!」

 マヤは目を見開いて驚いた。

「でもゴミとして粉々に砕かれるよりも、こうして誰かに座ってもらえる方が、椅子には幸せかもねぇ」

「ボクもそう思います」

「フフフ……」

 マヤは鈴を転がすような声で笑った。つられてレンも笑った。

 マヤは椅子に座ると、

「レン、私はどこを向けば良いの?」

「このカンバスの上辺りを見ていて下さい」

「瞬きや、欠伸をしても大丈夫ですし、退屈なら、お喋りをしても良いですよ」

「疲れたら、首を回したり背伸びなどをして下さい」

「ただ、立ち上がる時は一声掛けて下さい」

「トイレは左のドアの向こうにあります」

「ありがとう、わかったわ」

「トイレは大丈夫、今日の為に水分を控えてきたのよ」

「恐縮です…」

 レンはカンバスに鉛筆で下書きを始めた。改めて見たマヤの美しさに魅了されていた。透き通るような白い肌、美しく長い金色の髪、青い瞳、細くて長い手足、女性らしい均整の取れた身体。

「こんな美しい人物を描くのは、初めてだ」

 レンは描きながらそう思っていた。


 約束の三時間はあっという間に過ぎて、セバスがドアをノックする音が聞こえた。

「お嬢様、お時間ですよ!」

「わかったわ、セバス」

 最期まで、マヤはずっとカンバス越しのレンの姿を見つめ続けていた。

 マヤは立ち上がると

「じゃぁ、またね!」

 と言って部屋から出て行った。

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