殺害予告

青海老ハルヤ

殺害予告

 殺害予告をビリビリに引き裂いた瞬間、母は目を見開いて私を見ていた。何を思ったのだろう。愛する娘に何が起きているのか分からなかったのだろうか。よくある話だろうに、私はただ、その数字を消し去ってしまいたくてしょうがなかっただけなのだ。しかし、そんなふうにこの紙をボロボロに切り刻んでも、たとえ火をつけて燃やしたとしても、その数字は次の紙には復活していることを考えると、胃が回転するように揺れ動くようだった。紙を床に残したまま、私は階段を登り自分の部屋に籠った。

 こんなはずじゃなかった、なんて月並みな言葉を並べてみても気は休まらない。頭の回転を止めたくて布団にくるまった。受験まであと2ヶ月。もう無理だ。その言葉の方がまだ安らかに私を迎えた。まだマシ、くらいの話だが。ああ、結局考えてしまっている。

 つまりこれは殺害予告だった。余命幾ばくもない私への。あと2ヶ月で受験が始まる。未来を掴み取る賭たけをするためだけにも、今回の偏差値は5上げなければならなかった。それがどうしたことだろう。見たことの無い数字が我が物顔でその表を占拠していた。

 随分気温も下がってきたというのに、布団の中の足裏は汗が蒸れていた。歪んだシーツが気持ち悪い。しかし外に出すのは寒い。今年に入ってからずっとこうだった。どうもずっと酔っている、ように見せかけて、的確に私の不快を突いてくる。迫り来るナイフの音が聞こえる。あらゆる攻撃は私のためにある気すらする。

 よくある話だ。母に思った皮肉を繰り返した。受験が素直に終わるはずがないだろう。たくさんの人の涙の上に立つ人間には成れない人間の方が多いのだから。遮光カーテンが揺れた。トラックの音に何故か涙が出た。

 

 朝になってリビングに降りると、模試の結果は綺麗にテープで止められていた。それでも、付いたシワはまるで取れていなかった。思わず笑みが漏れた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

殺害予告 青海老ハルヤ @ebichiri99

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ