魔王さん、それはないです。

arm1475

「……絶対やらかしてるよこのひと」

 宮廷魔術省の下っ端魔術師リンが、自称追放魔王から魔素の制御術の指導を受けて二週間。今では三体のクマのぬいぐるみを並べてラインダンスが出来るまでになった。


「カステラ一番、電話は二番♪」

「魔王さん何ですかその愉快な歌」

「いや見てて何となく」

「はあ」


 時々訳のわからないことを言うくらいで、それ以外はとても魔族には見えない普通の……否、その美貌は同性のリンから見てもとても妖しく、見惚れて我を忘れてしまう事もあるくらいである。

 とは言えリンは今でもこの魔王と自称する美女が本物の魔族だとは思ってない。魔術に長けた美人さんくらいとしか考えてなかった。


(そもそもの話、今は膠着状態とは言え人類と戦争中の魔族の長が戦時中に追放されるとか何の冗談?)


 故にリンは今だに上司に追放魔王の話は報告していない。たとえ報告しても「お前昼間からマンドラゴラ酒でも飲んでラリってるのか?」と馬鹿にされて相手にしてもらえないのは明白である。

 しかし、一方では「もし本当だったら」と言う疑念も捨てきれないのも事実であった。まあ、魔王が追放されるトンチキな理由って何?と興味本位ではあるが。

 リンは魔王と知り合ったばかりの頃に遠回しに訊いたが、その時ははぐらかされてしまった。あるいは今なら答えてくれるかも知れないが、当人にも言いづらい話に立ち入る程無礼なことはあまり好きではなかった。まだ知り合って間もないのだし、本人から切り出すのを待っても遅くはなかろう。


「しかしリンちゃんは飲み込みが早くて感心よねぇ。貴女才能あるわ」

「え。……えへへ」


 リンは褒められて照れる。今や魔王はリンにとって魔素の扱いの師匠であると同時に、その実力から憧れの存在となっていた。


「吾の部下だった連中とはえらい違い。あいつらどいつもこいつも頭固くてやんなっちゃう」

「部下?」

「魔界にいた頃の部下たちよ。人の話は聞かない自分勝手な連中ばかりでねぇ」


魔王はそう漏らして嘆息した。


「大変だったんですねえ」


 リンは取り敢えず話を合わせる。


「魔族と人類の戦争は……あ、ごめんなさい、もしかして聞いちゃ失礼な事を」

「別にいいわよぉ、もうあいつらとは関わらないつもりだしぃ」


 それを聞いてリンは興味が湧いた。


「もしかして追放されたのは周りとの不和?」

「それもあるけどねぇ、一番は吾が呪われた事」


リンは閃いた。もしかして真相を知るチャンス?


「まー、吾が禁忌犯したのがそもそもの話だけど」

「禁忌」


 リンの興味は止まらなかった。


「いったいそれは」

「それはねぇ……食べちゃったの」

「はい?」


 魔王はぽかんとするリンの顎に指先を伸ばし、


「可愛い子をみーんな食べちゃったから」

「食べ……」


 リンは一瞬、巨大な顎で魔物たちを食らう魔王を想像してぞっとするが、しかし即座にの意味が違うことに気づいた。

 魔王はリンの顎をくいっとそのたおやかな指先で持ち上げ、淫靡な笑顔でリンの顔をじっと見つめる。そこでリンは自分が硬直していることに気がついた。


(魅了のスキル――違うコレは――)


 硬直したまま動揺するリンの赤面した顔に、魔王の艶やかな唇が迫る。


(あ――駄目――堕ちちゃ――)

「なーんちゃって」

「え」


 顔を離し、リンの戸惑う姿を見てケラケラ笑う魔王。

 リンは魔王にからかわれたことを気づくといつの間に身体の硬直が取れていた。


「ま、魔王さんっ!!」


 リンはぐちゃぐちゃにされた感情で怒鳴った。


(この魔王ひと、この小悪魔ぶり……絶対何かやらかして追放されてる……っっ)


 リンの中で魔王に対する疑念と、まだ理解出来ない感情が少しだけ膨らんでいた。

 


                        おわり

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