かくかくしかじか、かがく
おとなみ
夏の夜に咲く花
纏わりつく熱気と狭い通路と喧騒。
「はい、いらっしゃい!」
「ありがとうね~」
「ママ!射的やりたい!」
思い思いの声があまりにも聞こえすぎる夜。
街灯に群がる虫のように、人は熱と屋台の明かりに誘われて夏祭りに赴く。
健一も例外ではない。
わたがしや焼きそばを持ち歩く子供たちや、ここぞとばかりに酔っ払った大人たちでひしめき合う狭い通路を健一は一人歩く。
もちろん、明日提出の手書きのレポートは終わらしてきた。
大学での課題の多さにいい加減うんざりしていた健一は、気晴らしにでもと思い慣れない人ごみに足を運んだ。
もしここに同じ大学の機械工学科の友人がいれば、男女比率の平等さに感動してはしゃいでいるだろう。
狭い通路を抜け、横道に逸れたところにある薄暗い階段。
その先には小さなスペースとベンチが置いてあるだけで、この公園に普段あまり来ない人たちには気づかれないような場所。
ここが花火を見るには絶好の場所なのだ。
先客には男子高校生らしき少年たちが5人。
来週のテストがどうだの、物理の先生がどうだのと話す様子から彼らも理系なのだと知る。
下から突然湧き上がる歓声と夜空に浮かぶ色とりどりの花たち。
やはりここから見る花火は良いものだと健一は思う。
「赤色だからリチウムだ!」
「そんなの気にすんなよ」
「炎色反応!」
隣の少年たちがはしゃぐ。
おそらく最近化学の授業で知ったのだろう。
健一は自分が高校生だったときに同じようにはしゃいだことを思い出す。
でもそれは過去の話。
甘いぞ少年たち。
花火に炎色反応が使われているなんて文系でも知っている人はいる。
君たちが理系を志す者なら、電子励起やエネルギー吸収、エネルギーと波長の概念にまで言及するべきだ。
夏の夜に咲く花を見たときに、光やエネルギー、電子という言葉が出てこそ初めて夏の夜の思い出は淡く輝くのだ。まるで花火のように。
健一は静かに階段を下りて岐路につく。
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