走れグチャス

どくいも

走れ!!!!グチャス!!!

グチャスは激怒した。必ず、かの邪智暴虐の王を除かなければならぬと決意した。グチャスには料理がわからぬ。グチャスは、貧乏学生である。代返を頼み、マージャンを打って暮して来た。けれども食事に対しては、人一倍に敏感であった。


今日未明グチャスはアパートを出発し、野を越え山越え、10分はなれたこの大学へとやって来た。グチャスには父と母がいる。彼女は無い。脳内で内気な妹と二人暮しという設定だ。この妹は、大学なチャラ男と近々、花婿として迎える事になっていた。結婚も間近なのである。グチャスは、それゆえ、スコッティやらローションを買いに、はるばる大学の購買までやって来たのだ。先ず、その品々を買い集め、それから大学内をぶらぶら歩いた。


グチャスにはそこそこ親しい友があった。センズレティウスである。今は此の大学で、自習をしている。その友を、これから訪ねてみるつもりなのだ。久しく逢わなかったのだから、訪ねて行くのが楽しみである。歩いているうちにグチャスは、大学の様子を怪しく思った。ひっそりしている。もう既に試験期間も終わり、暗いのは当り前だが、けれども、なんだか、追試ばかりでは無く、大学全体が、やけに寂しい。のんきなグチャスも、だんだん不安になって来た。


廊下で逢った後輩をつかまえて、何かあったのか、2週間前に此の大学に来たときは、夜でも皆が歌をうたって、校舎裏は賑やかであった筈はずだが、と質問した。後輩は、首を振って答えなかった。しばらく歩いて事務員に逢い、こんどはもっと、語勢を強くして質問した。事務員は答えなかった。グチャスは事務員の唇を奪って質問を重ねた。事務員は、うっとりとした顔で、わずか答えた。


「教授が、食堂をつぶします」

「なぜ潰すのだ。」

「学校の権威に関わる、というのですが、誰もそんなことを気にしておりませぬ」

「たくさんの学生が困るぞ」

「はい、はじめは学生食堂を。それから、弁当屋を。それから、コンビニの総菜コーナーを。それから、コンビニのお菓子コーナーを。それから、自販機を。それから、学外の飲み屋を。」

「おどろいた。教授は乱心か。」

「いいえ、乱心ではございませぬ。出ている料理が粗悪すぎる、というのです。このごろは、自作で弁当を、おつくりになり、少しく適当な食事をしている者には、自作料理の写真ひとつずつSNSにアップすることを命じて居ります。御命令を拒めば単位をはく奪され、退学になります。きょうは、六人退学になりました。」

 聞いて、グチャスは激怒した。

「呆あきれた教授だ。生かして置けぬ。」


グチャスは、単純な男であった。買い物を、背負ったままで、のそのそ研究室にはいって行った。たちまち彼は、研究員に捕縛された。調べられて、グチャスの懐中からはオナホが出て来たので、騒ぎが大きくなってしまった。グチャスは、教授の前に引き出された。


「このオナホで何をするつもりであったか。言え!」


教授ディオニスは静かに、けれども威厳を以もって問いつめた。その教授の顔はまん丸で、腹の皺は、刻み込まれたように深かった。


「大学を暴君の手から救うのだ。」

とメロスは悪びれずに答えた。


「おまえがか?」王は、憫笑した。


「仕方の無いやつじゃ。おまえには、わしのヘルシーがわからぬ。」


「言うな!」とメロスは、いきり立って勃起した。


「人の食事を制限するのは、最も恥ずべきヘルシーだ。教授は、学生の健康をさえ疑って居られる。」


「疑うのが、正当の心構えなのだと、わしに教えてくれたのは、おまえたちだ。学生の心は、あてにならない。若者は、もともと私慾のかたまりさ。信じては、ならぬ。」暴君は落着いて呟つぶやき、ほっと溜息をついた。


「わしだって、自由な食事を望んでいるのだが。」


「なんの為の食事だ。自分の地位を守る為か。」こんどはメロスが嘲笑した。


「健康な若者を退学させて、何が大学の権威だ。」


「だまれ、下賤の者。」王は、さっと顔を挙げて報いた。


「口では、どんな清らかな事でも言える。わしには、人の腹綿の奥底が見え透いてならぬ。おまえだって、今に、追試になってから、泣いて詫わびたって聞かぬぞ。」


「ああ、教授は悧巧だ。自惚ているがよい。私は、ちゃんと退学する覚悟で居るのに。命乞いなど決してしない。ただ、――」と言いかけて、グチャスは足もとに視線を落し瞬時ためらい、「ただ、私に情をかけたいつもりなら、退学までに三日間の日限を与えて下さい。たった一人の妹に、亭主を持たせてやりたいのです。三日のうちに、私は実家で結婚式を挙げさせ、必ず、ここへ帰って来ます。」


「ばかな。」と教授は、バリントンボイスで笑った。「とんでもない嘘を言うわい。学歳暮で嘘だとわかっている。逃がした出席日数が帰って来るというのか。」


「そうです。帰って来るのです。」グチャスは必死で言い張った。


「私は約束を守ります。私を、三日間だけ許して下さい。妹が、私の帰りを待っているのだ。そんなに私を信じられないならば、よろしい、大学図書館にセンズレティウスという学生がいます。私の無二の友人だ。あれを、人質としてここに置いて行こう。私が逃げてしまって、三日目の日暮まで、ここに帰って来なかったら、あの友人を退学にして下さい。たのむ、そうして下さい。」


 それを聞いて教授は、普通にドン引きした。いかれたことを言うわい。どうせ帰って来ないにきまっている。この嘘つきに騙された振りして、放してやるのがいいだろうか?そうして身代りの男を、三日目までに縁を切るように説得する。学生は、これだから信じられぬと、わしは悲しい顔して、その身代りの男に自炊の極意を教え込むのだ。世の中の、自称真面目な学生とかいう奴輩にうんと見せつけてやりたいものさ。


「願いを、聞いた。その身代りを呼ぶがよい。三日目には閉門までに帰って来い。おくれたら、その身代りを、きっと退学にするぞ。ちょっとおくれて来るがいい。おまえの罪は、永遠にゆるしてやろうぞ。」

「なに、何をおっしゃる。」

「はは。単位が大事だったら、おくれて来い。おまえの心は、わかっているぞ。」


グチャスは口惜しく、地団駄踏んだ。ものも言いたくなくなった。でも大体全部真実だった。


そこそこ親しい友、センズレティウスは、放送で学生課に召された。教授ディオニスの面前で、あんまり佳きくない友と佳き友は、二週間ぶりで相逢た。メロスは、友に一切の事情を語った。センズレティウスはドン引きして断ろうとした、メロスをひしと抱きしめた。お前の彼女に浮気をばらすぞ。センズレティウスは、泣く泣くうなずいた。グチャスは、すぐに出発した。初夏、満天の星である。


グチャスはその夜、飲み屋をはしごして、アパートへ到着したのは、翌日の午前、陽は既に高く昇って、学生たちは大学に来て講義を受けていた。グチャスの十六の脳内妹も、今日は清楚系の衣装を着ていた。寝ぼけマラで抜いた。沢山でた。

「亜鉛が足りない」グチャスは無理に10回戦を行おうと努めた。「これなら今日は最高新記録が……


(内容が汚いので中略)


教室移動の学生を押しのけ、跳はねとばし、グチャスは黒い虫のように走った。講義中の廊下を、講義を受けている学生を仰天させ、ごみ箱を蹴とばし、椅子で休んで、試験後に雀荘に行くときの十分の1も早く走った。一一組の学生とすれちがった瞬間、不吉な会話を小耳にはさんだ。「いまごろは、あの男も、ヘルシーな職にに目覚めているはずだ」ああ、その男、その男のために私は、いまこんなに歩いているのだ。その男に健康志向に目覚めさせてはならない。急げ、グチャス。おくれてはならぬ。学生と酒の力を、いまこそ知らせてやるがよい。風態なんかは、どうでもいい。グチャスは、いまは、ほとんど全裸体であった。皮膚呼吸が出来、二度、三度、見られる快楽で絶頂した。見られている。はるか向うに小さく、大学の研究室が見える。研究室の窓は、中の電灯できらきら光っている。


「ああ、グチャス様。」うめくような声が、風と共に聞えた。


「誰だ。」グチャスは走りながら尋ねた。


「フェロスゴイトスでございます。貴方のお友達センズレティウス様の彼女でございます。」その若い学生も、メロスの後について走りながら叫んだ。


「もう、駄目でございます。無理でございます。走るのは、やめて聞いて下さい。もう、あの方かたと関係を続けることはできません。」


「あ、あいつ、浮気がまたばれたのか」


「ちょうど今、あの方が退学になるところです。ああ、あなたは遅かった。おうらみ申します。ほんの少し、もうちょっとでも、早かったなら!」


「いや、まだ門限は大丈夫だ。」

グチャスは胸の張り裂ける思いで、目の前の研究室を見つめていた。聞き流すほかない。


「やめて下さい。無視するのは、やめて下さい。今は私の話が大事です。私は、あの人を信じて居りました。デートをすっぽかされても、平気でいました。友人が、さんざん、別れろと言っても、愛しているのはお前だけとだけ答え、強い信念を持ちつづけていました」


「だから聞き流すのだ。関わりたくないから聞き流すのだ。別れる分かれないの問題ではない。あいつの単位も問題でないのだ。私は、なんだか、もっと恐ろしく大きいものの為に走っているのだ。ついて来い!フェロスゴイトス」


「ああ、私は気が狂ったか。それでは、一緒に行きましょう。ひょっとしたら、間違いかもしれません。」


 言うにや及ぶ。最後の死力を尽して、グチャスは歩いた。グチャスの頭は、からっぽだ。何一つ考えていない。ただ、わけのわからぬ言い訳で研究室の前をぐるぐるした。陽は、ゆらゆら地平線に没し、まさに最後の一片の残光も、消えようとした時、グチャスは。ようやく研究室の戸を開けたのであった。





「グチャス、君は、まっぱだかじゃないか。早くその研究着を着るがいい。それと、君は普通に単位が足りなかったから、追試以前に普通に留年だから」

 勇者は、ひどく赤面した。

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走れグチャス どくいも @dokuimo

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