燃えるひと
雪待ハル
燃えるひと
「信じていたのに」
こぼれた言葉はかすれて響かない。
ぜえぜえと息切れしながら顔を歪ませて夜空を仰ぐ。
ああ、なんて美しい星々。今のわたしとは大違いだ。
このどろどろとした昏い感情を胸で渦巻かせているわたしとは。
「・・・っ、はは・・・!」
深く切り裂かれた心の傷は深い。今もじくじくと痛み、血がとめどなく流れ続けている。
頭がぼうっとする。現実を直視したくない。こんな醜い世界は見たくない。
あんな奴が生きている世界など。
「私、優しいからさ」と彼女は言った。
言ったその口で嘘を吐き、助けを求めて伸ばした手を振り払い――――裏切った。
わたしをいいように利用して、利用して、念入りにすりつぶしてから裏切ったのだ。
どうして。始めはそう思ったけれど。
次第に、彼女は元々そういう人間だったのだと悟った。
自分が優しい人だと思いたかった、冷酷な人間だった。たったそれだけの話。
――――たったそれだけの話なのに、こんなにも苦しい。
涙は出ない。干上がった砂漠のように、胸が、熱い。
許さないのは簡単だと人は言う。
自分のために相手を許せと人は言う。そうして忘れて幸福に生きろと。
そんな正論は、わたしを救わない。
信頼していた相手に裏切られ、血まみれのボロボロになった人間の、誰のことも救わない。
だってそんなの理想論だ。机上の空論だ。
誰のことも恨まずに済んだ幸せな人間が口にする言葉で、今まさに地獄のただ中にいる人間の誰が救われるというの。
「ゆるさない」
ゆるせない。どうしても。
“わたしに消えない傷を残したあなたが”。
憎しみに焼けただれた身体を引きずって、足をゆっくりと踏み出す。
何処へ行こうというの。――――分からない。
何をしようというの。――――分からない。
分からない、分からない、分からない!!何一つ!!!!
『復讐を、するの?』
声が聞こえる。ピアノの音のように、ぽーんと辺りに響き渡る。
広く燃え盛る湖が見える。火花が散って散って、深紅の水面が波打つ。
熱い。
「でき、ない」
無意識に返していた。
そんな事はできない。
それを自覚した瞬間、ようやく涙が一粒、こぼれた。
「だって、わたしは、」
あなたを。
黒い炎が身を焦がす。
ゆるせない、ゆるせない、ゆるせない。
その言葉だけがぐるぐる、ぐるぐると渦を巻き、どこまでも果てがない。
――――どうしてなの。
その問いかけは本当に問いたい相手にはついぞ届かず。
泣きながら燃え続けるその人物は、ふらふらと何処かへと歩いて行った。
その人物の行方を知る者は、いたとか、いなかったとか。
もしいたなら・・・その者は自らも炎にまかれながらも透明な瞳を取り戻せた、そんな人物だろう。
たぶん。
おわり
燃えるひと 雪待ハル @yukito_tatibana
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