【KAC20233】マネキンキメラ

小龍ろん

マネキンキメラ

 その日、世界中の人々は不思議な声を聞いた。


“喜べ人の子らよ。世界は生まれ変わった”


 声の主は神か、悪魔か。その正体はようとして知れない。だが、人智を越えた存在であることに疑いはなかった。謎の声の言葉通り、世界には大きな変化が訪れたのだ。


 世界に訪れた変化。その筆頭として上げられるのが、各地に発生した特殊な領域だろう。その領域は、人類がこれまで常識としてきた理論・法則が通用しない。


 空間は歪み、物理法則に反した事象が確認される不思議な領域。各国はそれをダンジョンと称し、立ち入りを規制した。しかし、それでもダンジョンに魅せられる人間は絶えない。



◆◇◆



「兄貴、聞いたっスか? おもちゃ屋で見つかった新鉱石。すっごい値段で買い取られたらしいッス」

「……ああ」

「何でも、その鉱石、おもちゃの指輪の石だったらしいッス」

「……ああ」

「まさか、アレが新鉱石だったなんて考えもしなかったッス。あれを持ち帰ってれば、俺たち大金持ちだったッス」

「……言うな」


 ダンジョンで一攫千金を狙う二人組ショウ&カズキ。兄貴分であるショウは、一攫千金を逃したことを知り、意気消沈していた。一度は手にしておきながら、価値がないと判断して手放してしまったのだ。それだけにショックが大きかった。


 一方でカズキは前向きだ。


 ダンジョンでお宝探し。言うは容易いが、実現するのは難しい。だが、彼らは成し遂げた。少なくともお宝を見つけることはできたのだ。ならばチャンスはあると、カズキは考えていた。


「なに、クヨクヨしてるんスか! 置いてきちゃったとはいえ、宝を見つけることが出来たんスよ? てことは、また手に入るかもしれないじゃないッスか!」


 弟分の励ましに、ショウも気を取り直す。


「……そうだな。探さなければ、手に入らないんだ。腑抜けてる場合じゃないな!」

「さすが兄貴っス! そう言うと思って、次の候補も見つけておいたっス」

「へえ。どこだ?」

「宝石店ッス! この前はおもちゃに混じってるから、価値がないと思いこんでしまったッス。だったら、最初から価値のあるものを狙った方が良いっス!」

「一理あるな……」


 こうして、彼らは三度目のダンジョンへと挑む。ターゲットになったのは、かつての百貨店だ。その本館の第一フロアに宝石店が入っていた。彼らの狙いはそこだ。


「宝石店はどこだったか」

「縁がないから、覚えてないッス」

「……案内板で確認するか」

「そうッスね」


 百貨店ダンジョンに入ってすぐのところに、大きな案内板が設置されている。それはダンジョン化する前から、設置されていたものだ。


「北側か」

「反対側っスね」


 確認したあと、二人はダンジョンを進む。ダンジョン化する前の百貨店には来たことがあるので、大体の位置関係は把握できている……のだが、ショウは違和感を覚えた。


「なあ、何かおかしくないか?」

「そうッスか? 前に来たときと変わんないッスけど」

「そうだよなぁ……」

「化け物がいないから、物足りないとかじゃないッスか?」

「不吉なことを言うな」


 それがフラグとなったわけではないだろうが、彼らの行く先を塞ぐように二つの人影が現れた。


 ショウは、一瞬、自分たちと同じようなダンジョン探索者かと考えた。だが、すぐにその考えを打ち消す。その人影の格好は流行を押さえたオシャレファッション。とてもダンジョン探索者の格好とは思えなかったのだ。自分たちの装備が探索者として相応しいかはこの際おいておく。


 何より、人影の顔だ。その顔に表情はない……どころか目も鼻も口もない。のっぺらぼうだった。


「マネキンか?」

「動いてるッスよ!?」


 婦人服を着たマネキンが緩慢な動作で襲いかかってくる。脅威は感じないものの、不気味だ。とても友好的な存在とは思えない。だとすれば、遠慮は無用。


「オラァ!」

「このっス!」


 二人は手にした二代目金属バットで、それぞれマネキンを殴打する。その結果、マネキンの手足の一部が外れて吹き飛んだ。


「意外と弱いな」

「でも、余計に不気味ッスよ」


 パーツを失い、立っていられなくなったのか、マネキンは床に這いつくばっている。だが、それでも戦意を失ってはいなかった。欠けた手足で這い寄ってくる姿はより一層不気味だ。


「ま、これなら、放置でいいだろ」

「それもそうッスね」


 這い回る姿は不気味だが、機動力は大幅に落ちている。放置しても問題ないと見なした二人は、そのまま先を急いだ。


が――……


「あれ、宝石店じゃないッス」

「そうだな……」


 ようやく辿りついた北側の一画。そこにあるはずの宝石店がなかった。代わりにあるのは吊されたスーツやスラックス。おそらくは紳士服売り場だ。


「っち、そうか。ダンジョン化してるんだよな」


 ここでようやくショウは気がついた。ダンジョン化した場所は空間が歪んでいる。外観と内側の広さが食い違うことすら起きるのだ。ダンジョン化以前の様相が残っているせいでうっかりとしていたが、フロアの配置が同じという保証はどこにもない。


「配置がぐちゃぐちゃになってるんスね。てことは、宝石店がどこにあるか、歩いて探さないと駄目っスね」

「まあな。幸い、マネキンは強くないし……」


 と、言葉にしたところで気がつく。ここは紳士服売り場だ。マネキンがいてもおかしくはない――……


「げっ、やっぱりか!?」

「囲まれてるッス!?」


 いつの間にか、スーツのマネキンが二人を取り囲んでいた。その数は五体。数はこちらより多い。


「まあ、五体くらいならイケるだろ!」

「バラバラにしてやるッス!」


 これなら返り討ちにできる。ショウはそう考えた。


 だが、そう簡単にはいかない。マネキンの一体が、パーツ拾い役となって、ショウたちが飛ばした手足を回収してくるのだ。しかも、欠けたパーツは簡単に胴体にくっつくらしい。


「元に戻せるのかよ!」

「いや、戻ってないっス! くっつけちゃいけないところにくっついてるッス! もう、ぐちゃぐちゃっスよ!」


 マネキンは知能が低いのか、適切なパーツ選びができないらしい。そのせいで、右手が生えるべき部分から左足が生えたりと、マネキンはどんどん異形化していく。


「げっ、さっきのマネキンまで合流してきたッス!」

「おいおいおい! 胴体と胴体をくっつけるんじゃない!」

「キメラっス! マネキンがキメラみたいになってるッス!」


 挙げ句のはてに、先程放置した婦人服マネキンまで合流。接合はますますおかしくなって、いつの間にか、マネキンは巨大な化け物へと姿を変えた。


 一塊になったところで、強くなるわけではない。たが、ひたすらに不気味だった。戦意を喪失したショウとカズキは宝石を諦め逃げ帰るしかなかった。

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