NumLockキーのせいで作家を引退しかけた話
ぽんぽこ@書籍発売中!!
書け、メロス
「あああっ、もう。NumLockキー邪魔だな!」
ある日。
執筆をしていた私は激怒した。
必ず、かのNumLockキーを除かなければならぬと決意した。
私にはパソコンがわからぬ。
私はただの作家である。性癖をニヤけた顔で書き殴り、たまにエロを垂れ流して遊んできた。
けれどもキーボード操作に対しては、人並みに敏感だった。
「バックスペースキーのつもりが、隣のNumLockキー押してしまって執筆がはかどらない」
私は普段、ノートパソコンを利用して執筆をしているのだが、キーボード部分が狭いがゆえにバックスペースキーとNumLockキーの距離がメチャクチャ近い。
しかもブラインドタッチがそこまで達者ではないので、タイプミスによるバックスペースキーの使用頻度も高くなる。
その結果、右隣にいるNumLockキーを押してしまい、その度にストレスを感じるという現象が起きていた。
私がハゲるとしたら、その要因の一パーセントぐらいはコイツのせいである。
「NumLockキーは、毛根を殺します」
時間の余裕さえあれば、そんな医学論文を書きたい。
しかし私にはそんな暇は無い。
「何か方法はないものか」
常々そう思っていた私はきまぐれに「NumLockキーを殺す方法」を検索バーに入れてみた。
「ふむふむ? キーそのものを無効化する方法と、NumLockキーの役割を別のキーに置き換える方法か……」
有難いことに、私よりも賢い先人がNumLockキーを討伐する方法を考案してくれていた。
その方法とは、①NumLockキーを無効化するアプリを入れること、②パソコンのプログラムを書き換えて、NumLockキーそのものを強制的に消すという二つのアプローチだった。
さっそく①のアプリを導入。
アプリをダウンロードして、実行。
うん、簡単だ。
思っていたよりもアッサリできてしまった。
でもこれだけだと不安だし、せっかくだから②も試しておこう。
「なになに、レジストリエディタを開いて、コードを書けばいいのか」
何を言っているのか分からないと思うが、安心してほしい。私もまったく理解していない。だが親切なサイトには、細かい手順が丁寧に書かれていた。
途中で聞いたこともないフォルダの名前が出てきたが、フォルダ名さえ打てば、目的のレジストリを設定できる場所まで辿り着けるらしい。
私は説明に従い、パソコン教室に通う高齢者のごとく、人差し指でポチポチとキーボードを押していく。
「できた……これでもうNumLockキーに
格闘すること約一時間。
ようやく私はにっくきNamLockを殺すことができた。
ちなみにNumLockの正式な呼び方を私は知らない。その言葉の指す意味さえも分からないが、もはや知る必要はないだろう。
何故ならば、今日から私はこのキーを生涯使うことはなくなったからだ。
「よし、試してみるか……おおっ、テンキーを押してもカーソルが移動しないぞ!!」
NumLockキーのもう一つの害として、Offの状態でテンキーを押すとカーソルが移動するというものがあった。
これもまた執筆中のストレス要因でもあったのだが、その煩わしさから解放された私は、パソコンの前で万歳三唱をするほど喜んだ。
だがこの直後。
とんでもない事件が私を襲う。
「よーし、この調子で執筆も頑張るぞ!」
設定を確定させるためにパソコンを再起動し、いつもの執筆エディタを起動して書き途中の画面を開く。
今日の目標は五千文字。今は四千文字だからあとちょっと――あれ?
「お、おい。嘘だろ? どうしてだ!?」
何故か画面上にある文字が、超高速で消えていくではないか。
「ま、待って! やめろ。やめてくれぇえええ!!!!」
そんなことを叫んでも、目の前の現象が止まるはずもなく。
苦労して書き上げた文章が次々と無かったことにされていく。
『ジョンは魔王に最期の止めを刺すべく』
や、やめて……。
『ジョンは魔王に』
そ、そうだ他の文字を差しこめば――。
『ジョaaaaaaaaaa』
よし、これで――!!
『ジョ』
ああああああああ!!!!!
慌てて関係のないキーを押して防ごうとしても削除のスピードの方が早く、焼け石に水にしかならない。
「ど、どうして……なぜこんなことに……ま、まさかNumLockキーの呪いなのか!?」
途轍もなくアホみたいな発言だが、実はこれ、半分は正解だった。
それは何故か。
NumLockキーを無効化するために設定した二つの行為が完全に仇となっていたのである。
まず一つ目の要因。
私が最初に導入した“NumLockキーを無効化する”アプリ。
仕組みを簡単に説明すると、“常にNumLockキーがOn状態となる”アプリだった。
これは"自分以外の誰かがNumLockキーを常に押し続けている状態"をイメージしてほしい。
自分が間違ってNumLockキーを押したとしても、既に押された状態のままなのでOffにはならない、ということだ。
これだけの状態であれば、きっとここまでの大惨事にはならなかった。
だが二つ目の要因が重なったことがマズかった。
二つ目の要因。
それは元々あるキーボードの設定を強制的に書き換え、NamLockを別のキーにしてしまったこと。
私が参考にしたサイトには、"NumLockキーをバックスペースキーにする"という設定が書かれていた。
NumLockキーをバックスペースキーと間違えて押したとしても、NumLockキーはバックスペースキーになっているから問題ないよね、という理屈である。
ここまで書けば、何が起きたのかは察してもらえただろう。
そう、私はNumLockキーをバックスペースキーに変更し、そのキーを常に押し続けた状態にしてしまった。
全自動削除機能の爆誕である。
「今日の書いた分が全部消えた……」
抵抗むなしく、画面上にあった文字たちはあっという間にかき消え、私は呆然とした。
私のナメクジ並みのメンタルはもうグッチャグチャである。
書き換えたコードを修正しようにも、プログラムのある場所への行き方が分からない。
サイトにあったフォルダ名を打ち込んでそこへ飛ぼうにも、私がタイピングし終わるよりも先に消されてしまう。
「終わった……私の作家人生はこれで終わりなんだ……」
NumLockキーに恨みを持ったばっかりに、私はとんでもない過ちを犯してしまった。
まさかこんな逆襲を喰らうとは、思いもよらなかった――。
「あ、そうだ。アプリの方を削除すれば良いんじゃね?」
すべてを諦めかけたとき、ふとそんな考えが脳裏をよぎった。
幸いにも、ダウンロードしたばかりのアプリはフォルダの分かりやすい場所にある。
そこからアプリをアンインストールすればなんとかなるんじゃないか!?
十分後。
無事にアプリを無効化することに成功!
しかし私は疲労で執筆困難となってしまい、そっとパソコンをシャットダウンした。
「もう二度と、にわか知識で出すぎた真似をするのはやめよう……」
NamLockを恨んだばっかりに、貴重な時間を無駄に捨てただけだった。憎しみは何も生まないんだね……。
みなさんも、自身のキャパを越えた行為はしないよう気を付けましょう。
馬鹿な私のように、思わぬところでしっぺ返しを喰らうことになるかもしれません……。
そしてこれからも一緒に仲良く頑張っていこうね、NumLockキー。
NumLockキーのせいで作家を引退しかけた話 ぽんぽこ@書籍発売中!! @tanuki_no_hara
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