魔王様は置きにいく

大村から緊急の呼び出しがあった……確実に夏空さんの事だよね。


「教師としてじゃなく、お友達けやぐとして聞く。夏空の事どう思ってんだ?」

 そこわざわざお国訛つがるべんりで言う必要ある?


「明るくて良い子だと思うぞ。ご両親に愛されているんだなって良く分かる……お前が聞きたいのは、そういう事じゃないよね」

 植物園に二人で行く。雪守さんと川路君みたいな幼馴染みなら、ほのぼのデートだ。

 しかし、俺と夏空さんとなると犯罪臭しかしない。


「分かっているじゃねえか。ちゃんとした答えを聞かせろ」

 流石は現役の先生、質疑応答が完璧だ。


「なにを心配しているか分からないけど、年の差を考えろ。デートになる訳ないだろ。今回はエスコートに徹するつもりだ」

 いくら俺でも、デート何て勘違いはしない。でもあまり気の抜けた格好で行くのは、夏空さんに対してて失礼だ。

 そこで俺はエスコートと考える様にした。夏空さんをレディとして敬い、植物園を楽しんでもらう事を第一とする……一番の目的はダニの殲滅なんだし。


「年の差恋愛が、創作物の妄想なら、俺達教師も頭を悩ませないんだよ。夏空がお前を見る目には、明らかな好意が感じられる。教師は生徒に嫌われてでも、道を間違えさせないのが仕事なんだよ」

 大村の言いたい事は分かる。こいつは見ている生徒が多い分、色んなケースを経験してきたんだと思う。

 俺との恋愛は間違いって言うのか?……うん、俺もそう思うぜ。


「安心しろ。何があっても彼女を泣かせる事はない。それが前世からの宿願なんだ」

 フェスティは日本に転生して幸せに生きている。俺はそれだけで満足だ。


「宿願……どういう事だ」

 そこから俺はフェスティの事を話した。そして夏空さんがフェスティの転生体である事も。


「夏空さんが俺に好意を持っているとしたら、魔石ぜんせの影響だ。それにつけ込むつもりはないから安心しろ」

 今の彼女は夏空祭であって、フェスティではない。もし好意につけ込んだりしたら、夏空さんとフェスティ二人の気持ちを裏切る事になる。


「殺された婚約者と巡り合えたと思ったら、歳の差があり過ぎたか……お前は本当に恋愛運がないよな」

 しみじみと呟く大村。お陰で最近は恋愛にへの関心が薄くなっています。


「無理な物は無理なんだよ。俺に結婚しろってのは、ダチョウに空を飛べって言ってる様なもんだぞ」

 ダチョウはダチョウらしく、地面を駆ける方が合っている。


「ゴブリンの掃討作戦は再来週になる予定だ。その前に植物園へ行ってこい……間違ってもスーツとか着て行くんじゃないぞ」

 困った時のスーツ頼みは、やっぱり駄目でしたか。


 ◇

 今日の魔王様のファッション。明るめのベージュのジャケットに同色のカーゴパンツ。そして薄い水色のシャツ……思いっきり置きにいきました。


「岩倉さん、おはようございます。今日はよろしくお願いしますね」

 夏空さんは白のワンピースに水色のハーフパンツ……そして俺の贈ったペンダントを身につけている。


「おはようございます。あっ、ネックレス着けてくれているんですね。嬉しいです」

 アクセサリーをメインに組み立てたコーデに見えるのは気のせいでしょうか?

 防虫効果を付与したペンダントだから、つけてもらわないと困るんだけど。


「はい、大事にしています。それじゃ失礼しますね」

 そう言うと夏空さんは助手席に乗ってきた……今更後部座席に移ってとは言えない……職質されないよね。


「今日は雪守さん達と同じコースをたどる予定ですけど、大丈夫ですか?」

 雪守さんは夏空さんに伝えてあるって言ってたけど、なにを見たんだろう?


「は、はい。任せて下さい」

 なぜか顔を赤くする夏空さん。おじさんと一緒が恥ずかしいととか?


 ◇

 川路君、大人しい子だと思っていたのにやるじゃないか……ここで逃げたらまずいよね。

 夏空さんに案内されたのは藤棚。なぜかカップルが大勢並んでいる。


「それでは写真を撮る方達は、こちらに並んで下さい。藤の花ことばは『決して離れない』です」

 しかもコーナーを仕切っているのは白樺さん。頼むから俺に気付かないで。


「静香さん達は、ここで写真を撮った後、新種の蘭を見に行ったそうなんです」

 藤からはダニの気配を感じない。ここは蘭を見に行くべきでは……でも前後が詰まっていて、動けません。


「それでは次の方……それじゃ藤の前でポーズを撮って下さい。今人気なのはお互いの手でハートを作るポーズですよ」

 俺と目が合った瞬間、白樺さんがニヤリと笑った。なんか“ナイスアシストでしょ”と言わんばかりに得意げな表情をしている。

(これは駄目だ。こんな写真が出回ったら、社会的に死んでしまう)

 なにより恥ずかしすぎる……きっと夏空さんも嫌だと思う。

 しかし、夏空さんの方は準備万端。

 今の若い子達は映えとか言って色んな写真を撮っている。俺が気にし過ぎなのかも知れない。


 ◇

 無事?写真を撮り終えた俺達は蘭が展示されているコーナーへ来た。かなり広いコーナーな上に、警備も厳重である。

 コーナー入った瞬間、ある違和感を覚えた。ダニの魔力に混じって、魔物の気配もあるのだ。

(木を隠すなら森の中か……あいつ等、夜行性だったもんな)

 ゴブリンやコボルトも、目立たない場所に住んでいた。あいつ等を隠すなら、植物園が最適である。


「夏空さん、温室の中にドリアードがいます。今は木に擬態していますけど、なにかあったら襲ってくるかもしれません」

 でもなんで植物園なんだ?山の方が目立たないのに。

 どうやら結界が張ってあったらしく、コーナーへ入るまで気付きませんでした……嘘です。写真に気を取られて気づきませんでした。


「とりあえず蘭を見ませんか?ここで立ち止まっていたら、怪しまれますし」

 蘭を見に来ているお客さんは多く、ここで立ち止まっていたら悪目立ちする。


「こちらが当植物園で発見された蘭です」

 それは俺が良く知っている蘭。これにつく朝露があれば、実さんの呪いを解く事が出来る。

 ダニ、蘭、ドリアード。この三種には、何の関係があるんだ?


 ◇

 植物園にあるカフェでコーヒーとサンドイッチを頂く。夏空さんは紅茶とケーキ……カフェにかつ丼はなかった。

 後、周囲は恋人同士ばかりで非常にいづらいです。


「初めて来ましたけど、植物園って気持ちが落ち着きますね」

 おじさんは色んな意味でドキドキしています。


「フィトンチッドでしたっけ。うん、この匂いは?夏空さん、川路君はカフェで何を頼んでいたんですか?」

 なんとなく、今回の絡繰りが見えてきた。そうなると向こうがパニックになる時が狙い目か。


「ハーブティーみたいですよ。それを飲んだ後また蘭を見に行ってます」

 お土産でも売っているので、買って帰って詳しく調べよう。


「そうですか……この後どうします?原因は特定出来たので、雪守さん達と同じ動きをしなくても良いですよ」

 まあ、おじさんと植物園散歩なんてつまらなかったと思うし、帰りたい筈。こういう風に言っておけば、切り出しやすいと思う。


「私チューリップ見に行きたいです」

 勘違いするな、俺。夏空さんは花が好きだけなんだぞ。

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