第44話 マリアの思い

 廊下にはフリーダによって部屋を出されたカトレア、マリア、ルーナが佇んでいた。


「それじゃ私たちは別の部屋でお話しましょうか」

「いえ、私とルーナはフィンゼル様に頼まれた用事があるので、ここで失礼させていただきます」


 フリーダの提案を、マリアは断る。


「そう? 分かったわ」


 マリアとルーナはフリーダにお辞儀をすると、その場を後にする。

 と言っても別にどこに向かう訳でもなく、自分たちの自室に向かっていた。


 この屋敷は広い。奴隷であるルーナはともかく、マリアには一人部屋が与えられる予定であったが、それを断りルーナとの相部屋を選択していた。


 理由はフィンゼルが奴隷にしてしまったルーナを一人にしておけないと主張し、フィンゼルの自室に住まわせようとしたからである。


 フィンゼルが自分の目が届かない場所で自分以外の女と一緒にいることがどうしても我慢できず、ルーナの面倒は自分が見ると言って引き受けたのだった。


 自室に入るとマリアはおもむろにルーナを突き飛ばした。


「きゃ!」


 小さな悲鳴を上げるルーナを尻目にベッドに腰掛、頭を抱えるマリア。


(フィンゼル様に婚約者……? そんな……)


 マリアの出は騎士だが騎士は貴族ではない。

 例えマリアがフィンゼルと結婚しても、マリアの子供は爵位を継げないのである。


 そのためマリアはフィンゼルが自分以外の女を正妻に迎えるということは分かってはいたが、目を背け続けてきた。フィンゼルはまだ幼いし、現ベルフィア辺境伯から次期当主の使命も受けていない。そのため婚約するとしてもまだまだ先だろうと考えてきた。


 自分が十分フィンゼルから寵愛を受けた後なら、それに満足し、心置きなくフィンゼルの側室として迎え入れてもらおうと、そう思っていた。しかし―――


(いくら何でも早すぎます……。こんなことになるなら、いっそ……)


 マリアの思考が危険なところに来た時、起き上がったルーナが横からマリアに声を掛ける。


「マリア様……だ、大丈夫ですか?」


 マリアは横目でルーナを見る。


 本当はこのエルフをフィンゼルの傍に置いておくのもマリアは嫌だった。

 フィンゼルの言うことを聞いていれば、バラバラになった姉妹もフィンゼルが救ってくれると言い聞かせているが、いつまで続くか分からない。


 今はまだいい子にしているが、ゲオルグが……人間があんなに酷いことをしたのだ。復讐の機会を伺っていても不思議じゃない。


 マリアとしてはフィンゼルの為にも、一刻も早く処分した方がいいとさえ思っていた。

 しかし、独断でそれを決行し、バレてしまった時、フィンゼルに嫌われてしまったらと考えると、マリアの行動は鈍ってしまう。


 ふー、と息を吐きマリアは立ち上がる。


「ありがとう。大丈夫よ、ルーナ。さっきは突き飛ばしてごめんね。 ちょっとイライラしちゃって……」

「はい、それは……大丈夫です……」


(そういえばいつからだっけ? フィンゼル様をこんなに愛したのは……)


 マリアはフィンゼルと初めて会った時の事を思い出す


(初めからカッコよくて素敵な人とは思っていた。他のメイドには遠慮がちなフィンゼル様が、私には遠慮なく物を頼んできてくれたことは、なんだかメイドとして必要としてくれているみたいで素直に嬉しかったと思う。

毎日のように笑顔で“おはよう“と言ってきてくれたり、可愛いと言ってくれたのも嬉しかった。8歳とまだまだお若いのに、自分の意見をしっかりと持ち、知的なのも素敵だと思ってはいたが、こんなにものめり込んでしまうとは……)


「で、でもマリア様、大丈夫でしょうか?」

「なにが?」


 フィンゼルと自分の慣れ初めを思い出している所を話しかけられ、邪魔されたからだろうか。マリアは自分でも驚くくらい低い声が出た。


「え? あの、もしご主人様が婚約者様に夢中になってしまったら、私が忘れられてしまって、おねえちゃん達を探して貰えなくなるかもしれないって考えると……」


 困ったように話すルーナ。


(忘れられる……?? 私が?? フィンゼル様に??)


 そう考えるとマリアは呼吸が出来なくなるほど胸が苦しくなり、激しい目眩に襲われた。


「だ、大丈夫ですか、マリア様……お顔が真っ青ですけど……」


 ルーナに声を掛けられるが、何も答えられないマリア。


 フィンゼルとフィンゼルの婚約者あの女が仲良くしている所を想像すると更に頭痛と吐き気も追加さる。


 あの女の見た目が悪ければ、多少は落ち着きも出来たが、最悪なことに容姿だけで言えば完璧だった。


(男は武力、女は魅力とお義父さんも言っていた。もし、フィンゼル様があの女の虜になってしまったら―――やばい……やばい! やばい! やばい! やばい! もうなりふり構っていられない。あの女をどうにかしなくては……でもどうすれば……)


 相手は公爵令嬢であり、フリーダの姪である。武力を使っての排除は極力避けなければならないと、マリアは頭を回転させる。


(そうだ! カトレアがいる! 彼女も年増の癖にフィンゼル様に好意があったはず。今回の婚約には思う所があるはずだ。彼女の力かりれば……)


 マリアはは部屋を飛び出し、カトレアの元へ向かった。


「ちょ、ちょっと! 待って下さい!」


 ルーナもマリア追いかけていった。


――


 カトレアは優雅にお茶を飲みながらマリアの話を聞いていた。


「はぁ……。そんなことを言うためにわたくしとフリーダ様のお茶を邪魔して連れ出したのですか? フリーダ様は目を点にしていらっしゃいましたよ」


 マリアは、フリーダとお茶をしていたカトレアを自室に連れてきて、フィンゼル様の婚約者あの女がどれほど危険な存在かカトレアに言い聞かせていた。


「そんなこと? そんなこととはなんですか!? 私にとってはこの上ない、一番の問題なんです!」

「マリアちゃん。あなたはなんでそんなに怯えているのですか? いくらエマ様が美しくてもあなたも負けていないくらい可愛いですよ」


 カトレアはそういうがマリアはそうは思えなかった。同棲でも思わず息を吞むような美しさ。


 カトレアも美人だが年齢的な意味でマリアと勝負にはならないと思っていた。しかし、あの女は違う。歳もフィンゼルと同じくらいだ。マリアも自分の容姿には自信を持っていたが、それは今日で粉々に打ち砕かれた。それほど強烈だったのだ。


「いいんですか? カトレア様。このままだとフィンゼル様が取られてしまうかもしれないんですよ!? このままでは私たちを見てくれなくなってしまうかも……」


 言ってて悲しくなってしまったのか、最後の方は若干鼻声になっていた。


「心配しなくても大丈夫ですよマリアちゃん。フィンゼル様が例えエマ様を愛したとしても、わたくしたちのへ対応を変えてしまうほど器が小さい殿方ではありませんわ」

「そんなの、えっぐ……そんなの、わかんないじゃないですか」


 床に座り込みとうとう泣き出してしまうマリアの頭をルーナが撫でている。


「あら? マリアちゃん。その発言はフィンゼル様の器を疑問視しているのですか? たかが騎士の娘で、メイドのあなたが?」

「ち、ちが!」


 マリアが否定の声を上げるがそれに被せる様にカトレアは話し続ける。


「それにもし、ここでマリアが力を使ってエマ様を排除したとしても、それは一過性に過ぎません。フィンゼル様は貴族。また魅力的な貴族の女があてがわれることでしょう」

「じゃあ、一体どうしたら……」


 藁にも縋る思いでカトレアに頼るマリア。


「貴族には貴族の、女には女の戦いがあります。恋愛とは、得てして力ではどうにもならないものです。武力ではなく魅力でエマ様に勝つのです!」


(そんな……無謀だ……)


 マリアは、フィンゼルの好みを聞いたことはないが、顔では勝てる気はしなかった。


「いいですか? このままエマ様を排除しては一生エマ様を超えることはないのですよ?」


(一生超えることはできない……。 それはつまり、フィンゼル様の中にずっとあの女が残り続け、私を見てくれる時間が減るということ。それは……駄目だ!)


「分かりました! やってやりますよ! 力ではなく、私の魅力でフィンゼル様を虜にして見せます!」

「そう!そのいきですわ! わたくしも応援します。 頑張ってください!」


 マリアは不思議に思う。カトレアもフィンゼルに好意を寄せているはず。なぜ恋敵である私にアドバイスをくれるのかと。

 そんなマリアの疑問が言葉にしなくても通じたのか、カトレアが答える。


「いいのですよ。私は。3番でも4番でも。 フィンゼル様の傍にいられればそれで……」


 そう恋する少女のように顔を赤くするカトレア。

 その言葉を聞いて、マリアはちょっと羨ましく思った。

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